60年安保闘争をわかりやすく!死人も出た安保条約闘争の影の主役とは?

現在、アメリカ軍が日本に在中し軍事訓練をしているという常識は当たり前のことになっています。

これは「日米安全保障条約」という日本とアメリカとの間で結ばれた約束によって成り立っています。

しかし、それが当たり前になったのは1960年と意外と最近のことです。

この条約の存在に対しての反対運動のことは「安保闘争」と呼ばれています。

当時は国会周辺に約20万人の人が集まったとされており、当時の日本のパワーを感じます。

ぶったぎり君

タイトルの写真にあるのが、当時の国会周辺の光景だよ!

まなぶ君

なんか白い米粒みたいなのがごちゃごちゃしていますが・・

・・・

これ全部ヒトじゃないですか!?

ぶったぎり君

すごいよね!

これだけの人数が国会前に集結したんだから、そりゃものすごい迫力だったろうね!

まなぶ君

この方たち、なにしに来たのでしょうか?

ぶったぎり君

今でいうデモってやつじゃない?

「戦争法反対ー!!」「ア ベ シ ネ!!」みたいなものに近かったんじゃないかな。

まなぶ君

それほどこの「安保’日米安全保障条約)」というのは、日本人にとってやましいものだったのですね。

ぶったぎり君

それが実は、この大規模なデモ闘争には、黒幕がいたって言われているよ!

まなぶ君

黒幕・・

「アノお方」ですか。

ぶったぎり君

それ名探偵コナンじゃん。

まなぶ君

一体なぜこのように大規模なデモ闘争になったのか教えてください。

〈スポンサーリンク〉


 

 

60年安保闘争

「60年安保闘争」とは、1959年(昭和34年)から1960年(昭和35年)展開されました。

内容は、日米安全保障条約(安保条約)に反対する「国会議員」、「労働者」、「学生」、「一般市民」などと共に、国内左翼勢力が参加した日本史上最大規模の”反政府・反米運動”のことです。

そして、それに伴い政治闘争、傷害、放火、器物損壊など、大規模暴動が巻き起こりました。

これら一連の事象を「安保闘争」と言います。

ぶったぎり君

このデモ隊に参加することが一種の流行りだったとも言われているよ。

だからこそ、タイトルにある写真のような大規模な人数になったんだろうね。

当時の一般女子

デモ隊に参加するとかマジトレンド~☆

当時の一般男子

今ココに降り立ってデモ参加しているオレ!まじイケメ~ン★

まなぶ君

・・・。

 

死人も出た安保闘争の影の主役

こちらの「日米安全保障条約」ですが、一言でいくと「日本にアメリカ軍が在留する」というものです。

当時、アメリカと冷戦中だったソ連にとって、この日米安保はとてもやっかいなものであり、自国にケンカを売っているという風に捉えられていました。

ですので、日本でのこの反対デモをたきつけ、安保反対の活動家に資金援助をし、大規模闘争にまで発展させたのはソ連だったと言われています。

ぶったぎり君

そしてこのとき、樺美智子さんていう家柄も凄くて美人な東京大学学生が、反対デモの最中に亡くなったんだ。

まなぶ君

まさか政府に殺されたのですか?

ぶったぎり君

いや、デモ中に気絶してそのまま押し寄せっる大衆に気づかれずに踏まれ亡くなってしまったってなってるんだけど、実際の死因は頭部内出だったみたいで、そうなると誰かに後ろから頭を叩きつけられて、そのまま倒れて亡くなったというのが自然らしい。

まなぶ君

やはり政府ですか?

ぶったぎり君

いや、このデモ活動に資金援助やスパイを送り込んでいたソ連側が仕掛けた殺人だったともいわれているよ。

樺美智子さんは家柄もよくて家系も学者さん揃いだったりしていたからね、こうした有名人もっと騒ぎが大きくなる。そうなればその勢いで、安保が無くなるかもしれない。

まなぶ君

そうなればソ連にとっては有利に働きますからね・・。

〈スポンサーリンク〉


 

60年安保闘争で思う事

日本最大規模のデモ闘争になった「60年安保闘争」ですが、いくらソ連が資金援助をしたり、スパイを送り込んでいたとしても、それだけでは、ここまで大きな闘争には至らないのではと感じます。

では不景気だったから、その不満の当てつけのためにここまでの規模のになったのか?

しかし、この時代は岩戸景気という日本の経済史上で1958年(昭和33年)7月~1961年(昭和36年)12月まで42か月間続いた高度経済成長時代の好景気でした。

そうすると、不景気での民衆の不満というのは考えにくいです。

それに、60年安保闘争時の岸内閣が退陣し、次の池田勇人内閣になると、安保理闘争は収束していきます。ちなみに池田勇人内閣は「所得倍増計画」を打ち出し、その後日本の景気はさらに良くなっていきました。

となると、

当時の国民真理

岸内閣そのものが問題?という視点になってきます。

岸内閣は第二次世界大戦中の東条内閣の閣僚でした。

戦犯と呼ばれる人物の一人だったのです。

そんな「岸信介総理」が「アメリカと手を組み軍隊を置く」

戦争の悲惨さを身に染みて感じてから、まだ15年余りの日本人にとって、このふたつの組み合わせは、「日本が戦争に巻き込まれる危険が増す!」

そういった感情にさいなまれても致し方ないように感じます。

ぶったぎり君

安倍総理が現代の左翼の人たちに死ぬほど嫌われている理由も少し見えてくる気がするね。

まなぶ君

安倍総理は岸信介総理のお孫さんですからね。

「戦犯の血をひく者」が「アメリカと手を組み軍備を拡大」

このバイアスは大きい気がします。

ぶったぎり君

人の先入観は努力で簡単に消し去ることはできないからね。

わからんでもないかな。

まなぶ君

でも、なんだかんだでこの安保のおかげで、逆に日本で戦争は70年以上起きていません。

ぶったぎり君

そうなんだよね。

しかも当時、岸総理と対峙して、デモを主導していた元全学連のリーダーは、1987年に岸総理が亡くなった際「あなたは正しかった」っていう弔文を書いてその死を悼んだと言われているよ。

まなぶ君

え、約30年後にですか・・

ぶったぎり君

何が正解かだったなんて、その何年何十年後にしかわからないってことだよね。

もしかしたら安倍総理が今やろうとしていることが何十年後に正解となってとしても、今の野党でそんな弔文を読み上げるなんて全うな人間がいるのだろうかね・・。

まなぶ君

少なくとも枝野氏は確実に読まないでしょう。

 

あわせて読みたい↓↓

安部化現象とは?日大殺人タックル事件と重なる社会現象?

〈スポンサーリンク〉


最近読まれている記事↓↓

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)