昭和天皇戦争責任も死刑回避のワケは?マッカーサーは敬意を表明していた!

1987年(昭和62年)4月、当時85歳だった昭和天皇が、「第二次世界大戦(太平洋戦争)における戦争責任に言及されることに対し、苦悩していた」との記述が、元侍従の小林忍氏の日記に残されていたことがわかりました。

 

この記録には、昭和天皇の発言として「仕事を楽にして細く長く生きても仕方がない。辛(つら)いことをみたりきいたりすることが多くなるばかり。兄弟など近親者の不幸にあい、戦争責任のことをいわれる」とも記されています。

 

ぶったぎり君

昭和天皇については日本国内で賛否があるよね。

まなぶ君

そうですね。

特に「戦争反対ー!」「安倍〇ねー!」といっておられる方々は、先の大戦について、天皇が戦争を煽ったみたいな考え方の方も少なくありません。

ぶったぎり君

昭和天皇は第二次世界大戦ががはじまるくらいの頃は、若干40歳ちょっとだったんだよね。

40歳ちょっとで、あれを経験するのか・・

と考えるとよく頑張ったほうだよ。

まなぶ君

よく頑張ったというのはどういう意味でしょうか?

ぶったぎり君

今では既に当たり前な話になっているけど、昭和天皇は最後まで戦争が起きないようにと政府にお願いしていたんだよ。

当時の東条英機氏を総理に任命する時も、「絶対にこの戦争だけは避けてください。」ってお願いしているんだ。

まなぶ君

ほえぇ。。

それなのに一部の国民に「戦争責任」を死ぬまで言われ続けていたんですか・・。

〈スポンサーリンク〉


 

 

昭和天皇とは

(出展:http://japanese.china.org.cn/jp/txt/2015-07/10/content_36028358.htm)

昭和天皇の人物像を見ていきましょう。

 

プロフィール

●1901年〈明治34年〉4月29日、東京府東京市赤坂区生まれ。享年1989年〈昭和64年〉1月7日)

●天皇在位は、1926年〈昭和元年〉12月25日~1989年〈昭和64年〉1月7日

●歴代天皇の中では在位期間が最も長い

●ヒドロ虫(ヒドロゾア)・変形菌(粘菌)などを研究する「生物学研究者」の一面もあった

 

ぶったぎり君

昭和天皇が生まれたのが明治だよ。

そして亡くなるのが昭和。

1900年代という世界的にも様々な出来事が目まぐるしく起こった約100年に近い時代を生きていたんだね。。

まなぶ君

日本がまさに世界の大国へと変貌していく様子、そして不景気になり勝ち続けていた戦争にも大敗し貧困国へとなっていく様子、はたまたそこから最速での経済成長をしていく様子。

想像するだけでもボリューミーな人生です。

ぶったぎり君

かなりの努力家でもあったことが垣間見えるよね。

まなぶ君

到底一部の方たちが言う”極悪人”には見えません。。

 

昭和天皇の戦争責任

(出展:Wikipedia)

昭和天皇の戦争責任はどれほどまでにあるのでしょうか。

第二次大戦までの日本は、現在の日本同様いやそれ上に、政治が腐敗し汚職が蔓延し、それが政治家や官僚だけではなく、加えて軍隊までもが、そこに介在する三つ巴のヒエラルキーが存在していました。

 

その中で、「大日本帝国憲法」が存在。

大日本帝国憲法とは天皇中心で国をつくることが明記されています。

ここに、天皇までもが介在することになっているのです。

 

第二次世界大戦に突入してしまった敗けに対して、

 

「天皇のせいだー!」

「軍部の暴走だー!」

「政治家や官僚の責任だー!」

「新聞が煽ったからだー!」

「民意が戦争に向かったからだー!」

「コミンテルンの謀略だー!」

 

など、人によって様々な思想があります。

 

どう考えても、それら様々な人間模様が混在する中で、なるべくしてなってしまっているようにしか感じられません。

 

誰か一人や、何かひとつの組織の責任にできるほど簡単な話ではないのです。。

 

ぶったぎり君

全ての要素が混在した結果あの戦争が起きたってことかな。

まなぶ君

誰かの責任にしたがる人の気持ちも分からなくはありませんが、その行為は何も意味をなしません。。

〈スポンサーリンク〉


 

昭和天皇にマッカーサーは敬意を表明

(出展:http://chiharu-fuku.blog.jp/archives/3855006.html)

日本が戦争に敗れた直後の、1945年(昭和20年)9月27日、昭和天皇はGHQ総司令部の司令官であったダグラス・マッカーサー氏を訪れ会見をしました。

この会見は、歴史的な会見として知られています。

 

後にマッカーサーの回顧録にはこう記されています。

 

「天皇の話はこうだった。


『私は、戦争を遂行するにあたって日本国民が政治、軍事両面で行なったすべての決定と行動に対して、責任を負うべき唯一人の者です。あなたが代表する連合国の裁定に、私自身を委ねるためにここに来ました』

『敗戦に至った戦争の、いろいろな責任が追求されているが、責任はすべて私にある。文武百官は、私の任命する所だから、彼らには責任がない。私の一身はどうなろうと構わない。私はあなたにお委せする。この上は、どうか国民が生活に困らぬよう、連合国の援助をお願いしたい』


大きな感動が私をゆさぶった。死をともなう責任、それも私の知る限り、明らかに天皇に帰すべきでない責任を、進んで引き受けようとする態度に私は激しい感動をおぼえた。私は、すぐ前にいる天皇が、一人の人間としても日本で最高の紳士であると思った。」(1963年)

 

マッカーサーはこうも言ったとつづられています。


『かつて、戦い破れた国の元首で、このような言葉を述べられたことは、世界の歴史にも前例のないことと思う。私は陛下に感謝申したい。占領軍の進駐が事なく終わったのも、日本軍の復員が順調に進行しているのも、これすべて陛下のお力添えである。 これからの占領政策の遂行にも、陛下のお力を乞わなければならぬことは多い。どうか、よろしくお願い致したい』

 

 

ぶったぎり君

要するに「戦争は全部自分の責任だから国民は一人も悪くない。私一人のの責任で何でも制裁は受けます。」的なことだね。

まなぶ君

武士やん!

ぶったぎり君

むしろ昭和天皇がこういった人間性の人だったから、その後の戦後復興も着々と進められたのかもしれないね。

まなぶ君

わたしも”男気”というものをもう一度、考え直してみたいと思います。。

 

 

〈スポンサーリンク〉




最近読まれている記事↓↓

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)