武士の起こりは平安時代から?おもしろ由来を解説!

武士の起こりと台頭!貴族社会から武士社会への変化の過渡期

平安時代の次は鎌倉時代なんですけども、鎌倉時代って”武士”がなんかいっぱい出てくるってイメージありますよね!

んでもって平安時代といえば”貴族”ってイメージがなんかありますよね!

そのイメージ合ってます(・_・)

ではなぜ時代の主流が貴族から武士に移行していったのか?という理由を見ていきましょう!




 

 

そもそも武士とは?どっから現れたの?

冒頭でも述べましたが、平安時代は歴史の主役が”貴族”から”武士”に移行していくのがはっきりわかる時代です。

次の歴史の主役になる”武士”とは一体何者なのか!?どこから来たのか!?宇宙からきたのかなんなのか!?

とその前に、アナタは覚えていますか?『墾田永年私財法』という法律を・・

これは『アナタが土地を開墾したら、永久にその土地をアナタのものにしていいよ!』という法律でした。

この法律により、『よっしゃーやったるで~!』とモチベーションがあがった人々が、どんどんと何もない土地を開墾していき、田畑にしていきました。

ここまでは美しき勤労意欲の話で良いのですが、色んな人が土地を開墾していくと、その土地をそのまま奪ってかっさらい、自分のものにしようとする人間が出てきます

 

そうなってくると必然的に『自分で開墾した土地は自分で守るんや~』的な感覚になっていきます

そこで自分で土地を開墾し田畑をつくった人々は、自分の土地を守るために武装するようになりました。

そんな中でも人間には向き不向きというものがあります。

そうです、自分たちの土地を守りながらも育てていく為に、田畑をつくるのが得意な人は農民として、土地を奪おうとしてくる奴を倒すことが得意な人は武士として、役割分担が始まっていきました。

”武士はもともと農民” ←ここポイント(@_@;)

で、その中でも強い武士として有名になったのが『源氏』と『平氏』の家系でした!

 

そんな武士がどうして歴史の主役になっていくのか??

やがて武士と呼ばれる人たちは、その武力を買われ、朝廷からいろいろ仕事を頼まれるようになりました。何か争いがあると武士たちが朝廷によばれるようになります

朝廷お抱えの軍隊みたいになっていったのですね。

そんな中、貴族である藤原氏の内輪もめと、天皇と上皇のもめごとが相まって争いが始まります。

 

最終的には、天皇 VS 上皇 という戦争が起きました。

 

結果として、天皇側が勝利しました。

この戦いで天皇側につき活躍したのが、平清盛(平氏)源義朝(源氏)でした




 

時代の主役になった武士同士の争い

一躍時代の寵児となった『平将門』と『源義朝』でしたが、朝廷は平清盛のほうを優遇してあげていました。

こうなってくると源義朝としては『おれも頑張ったのになんでアイツだけいい思いしとるんじゃい許すまじ!』となります。

そうして起こったのが、『平将門』VS『源義朝』でした。

結果的に、この戦争では平清盛が完全勝利し、『平家』中心の社会が続くことになりました。

ですが、人間社会、恨みの連鎖は断ち切れません・・

『平将門』VS『源義朝』のときに、まさに武士の情けで逃がしてやった源義朝の息子たちが成長し、平家を返り討ちにやってきて、平家は滅びる事となりました

 

まとめ

・農民が自分の土地を守るために武装した、それが武士となっていった。

・争いが多い時代の中で、武力が主流になり武士の存在感が増していった。

・より強い武士『平氏』『源氏』が天皇に認められ、優遇されるようになる。

・天皇からの優遇が平氏のほうが良かった為、源氏ぶち切れて平氏と戦争になる。

・平氏が源氏に完全勝利し一時代を築くも、源氏の子孫に返り討ちにされ、平氏が滅びる。

 

ざっくりですが、これが武士の起こりと平氏と源氏の流れです。

やはり、やったらやられ返されるし、恨みは消せないし、人間の性ってのは根深いですね。嫉妬も争いを生む最大の原因になっていますよ。みなさんも会社での部下の教育の際はこの辺も念頭に入れマネージングをしてみてはいかがでしょうか(@_@;)

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