日本文化遺産一覧表を地図でわかりやすく!その数なんと〇〇箇所も!

2019年7月6日、アゼルバイジャンで開催していた国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産委員会は、日本が推薦していた大阪府にある「百舌鳥(もず)・古市(ふるいち)古墳群」を世界文化遺産に登録することを決めました。

この時点で、日本の世界文化遺産登録は19件目となったのです。

世界遺産とは・・

1972年の国連教育科学文化機関(ユネスコ)総会で採択された世界遺産条約に基づき、普遍的な価値がある遺跡や歴史的建造物、自然環境を人類全体の財産として保護する制度。2018年7月時点で文化遺産845件、自然遺産209件、複合遺産38件の計1092件が登録されている。

(引用:毎日新聞

ぶったぎり君

やったね!

まなぶ君

何がそんなに良いことなのでしょうか?

ぶったぎり君

まぁ冷静に考えると、「で、なに?」ってなりがちだけど、やっぱり世界遺産に登録されるってことは世界の人達の共通理解の中に入るからね。

もし外国の人達が日本に観光に来た場合、「とりあえず世界遺産いってみね!?」ってなるから、人を呼び込みやすくなる、そうしてお金を落としていってくれればその地域の景気はよくなるから、回り回ってみんなハッピーって感じかな!

まなぶ君

なるほど。経済活性化の一助になるというわけですね。

であれば日本中に世界遺産を登録しまくって、日本国内で「世界遺産スタンプラリー」なるものをつくれば、全国に外人がお金を落としていってくれますね。これは早速やるべきです!

ぶったぎり君

吸い付くせるだけ吸い尽くすって感じだねそれ。。

まぁでも世界遺産登録は日本人だけで決められるわけではないから、なかなか厳しいとは思うよ。

ただし、現時点で世界文化遺産の登録は19箇所もあるわけだから、これだけでも結構お金を落としてくれそうだ!

まなぶ君

どんな地域にお金を落とししてくれているか見たいです。

お金っ!

お金っ!!

お金っ!!!

お金っ!!!!

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日本文化遺産一覧表を地図でわかりやすく!

それでは早速、日本にある「世界文化遺産」をすべて見ていきましょう。

それぞれを地図上で見ていくことで、何か共通点が見いだせるかもしれません。

※画像は主に文化庁HP及び毎日新聞から引用。

法隆寺地域の仏教建造物(1993年登録)


法隆寺地域には世界最古の木造建築が数多く残っています。7世紀に法隆寺・法起寺ほかの仏教寺院が造営され、これらの寺院では現在も宗教活動が続けられています。

法隆寺は、7世紀初期に創建がはじまり、現在の伽藍は西院及び東院と子院群で構成されています。西院は7世紀後半から8世紀初頭にかけて再建されたもので、東院は8世紀前半に建設されたものです。

文化庁HP

姫路城(1993年登録)


木造の建物を配し、石造の城壁と白色の土塀をめぐらせる日本の独特の城郭の様式は16世紀中頃に確立しました。姫路城はこの城郭建築の最盛期の遺産であり、17世紀初頭の日本の城郭を代表するものです。日本の城の中でも、木造の城郭建築群と城壁・土塀から構成される構造物が特に良く残っています。

文化庁HP

 

古都京都の文化財(1994年登録)

京都は794年から1868年にかけて天皇が居所をおいた日本の首都であり、武家政権が政治の中心を鎌倉と江戸に移した時期以外、文化・経済・政治の中心として繁栄しました。

文化庁HP

白川郷・五箇山の合掌造り集落(1995年登録)


白川郷の集落は大型の木造民家群から構成されています。茅葺きの合掌づくりの大きな屋根の下は3~5階からなり、1階は広い居室空間、2階以上は屋根裏部屋の寝室あるいは作業空間となっています。1棟には数十人からなる大家族が住むのが一般的でした。

文化庁HP

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原爆ドーム(1996年登録)

原爆ドームは広島県の物産の改良増進を図り、産業の発展に貢献する目的で、大正4年4月に建設された広島県物産陳列館で、チェコの建築家ヤン・レツルが設計したものです。

北方の中国山地から広島湾へと流れる太田川が形成したデルタ上、太田川(本川)と元安川の分岐する地点が建設場所に選ばれ、その河岸約2,310平方メートルを埋め立て、旧広島藩の米倉と民有地を整地して加え、全体で約3,200平方メートルを敷地として使用していたといわれます。

文化庁HP

厳島神社(1996年登録)


厳島神社は瀬戸内海の島を背後にして、その入江の海のなかに木造建物が建ち並ぶ日本でも珍しい神社です。

社殿構成は12世紀にはじまりましたが、その後焼失し、1241年に再建されました。海に建つ木造建物として過酷な環境下にありながら、歴代政権の厚い庇護に支えられて、古い様式を今日に伝えています。

文化庁HP

古都奈良の文化財(1998年登録)

奈良は、710年から784年までの日本の首都であり、政治・経済・文化の中心として栄えました。この時代に中国(唐)との交流を通して日本文化の原型が形成されました。

また、首都が京都へ移った後も、大社寺を中心にした地域が宗教都市として存続して、繁栄しました。これらの文化遺産には宮跡・寺院・神社があります。

文化庁HP

日光の社寺(1999年登録)

日光は、徳川初代将軍家康の霊廟である東照宮が1616年に造営されて以来、徳川幕府の聖地となりました。東照宮は、その後1636年に全面的に大規模な造り替えが行われ、現在の規模・構造になりました。

さらに、1653年には3代将軍家光の霊廟である大猷院が造営されました。8世紀以来、日光は男体山を中心とする山岳信仰の聖地であり、山麓や中禅寺湖畔にははやくから社寺が営まれていました。

文化庁HP

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琉球王国のグスク及び関連資産群(2000年登録)

琉球列島は日本列島南端に位置します。14世紀中頃には三王国が分立していましたが、15世紀前半にこれらを統一して琉球王国が成立しました。

中国・朝鮮・日本・東南アジア諸国との広域の交易を経済的な基盤とし、当時の日本の文化とは異なった国際色豊かな独特の文化が形成されました。その特色を如実に反映している文化遺産が城(グスク)です。

文化庁HP

紀伊山地の霊場と参詣道(2004年登録)

紀伊山地は本州最南端、太平洋に張り出す紀伊半島に位置し、標高1,000m~2,000m級の山脈が縦横に走り、年間3,000mmを超える豊かな降水量が深い森林をはぐくむ山岳地帯です。

紀伊山地は太古の昔から自然信仰の精神を育んだ地で、6世紀に仏教が伝来した以降、紀伊山地は真言密教をはじめとする山岳修行の場となりました。

文化庁HP

石見銀山とその文化的景観(2007年登録)

石見銀山遺跡は日本海に面する島根県のほぼ中央に位置し、石見銀の採掘・精錬か ら運搬・積み出しに至る鉱山開発の総体を表す「銀鉱山跡と鉱山町」、「港と港町 」、及びこれらをつなぐ「街道」から成っています。

文化庁HP

平泉―仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺産群(2011年登録)

平泉は、11世紀~12世紀の日本列島北部領域において、仏教に基づく理想世界の実現を目指して造営された政治・行政上の拠点です。

文化庁HP

富士山―信仰の対象と芸術の源泉(2013年登録)

富士山は,標高3,776mの極めて秀麗な山容を持つ円錐成層火山で,南面の裾野は駿河湾の海浜にまで及び,山体の海面からの実質的な高さは世界的にも有数である。

古くから噴火を繰り返したことから,霊山として多くの人々に畏敬され,日本を代表し象徴する「名山」として親しまれてきた。山を遙拝する山麓に社殿が建てられ,後に富士山本宮浅間大社や北口本宮浅間神社が成立しました。

文化庁HP

富岡製糸場と絹産業遺産群(2014年登録)

富岡製糸場と絹産業遺産群は、世界経済の貿易を通じた一体化が進んだ19世紀後半から20世紀にかけて、高品質な生糸の大量生産の実現に貢献した技術交流と技術革新を示す集合体です。

その結果、世界の絹産業の発展と絹消費の大衆化がもたらされました。

文化庁HP

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明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼・造船・石炭産業(2015年登録)

「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼,造船,石炭産業」は西洋から非西洋への産業化の移転が成功したことを証言する産業遺産群により構成されている。19世紀後半から20世紀の初頭にかけ,日本は工業立国の土台を構築し,後に日本の基幹産業となる造船,製鉄・製鋼,石炭と重工業において急速な産業化を成し遂げた。

文化庁HP

「ル・コルビュジエの建築作品」(2016年登録)

パリを拠点に活躍した建築家・都市計画家ル・コルビュジエの作品のなかから選ばれた三大陸7か国(フランス・日本・ドイツ・スイス・ベルギー・アルゼンチン・インド)に所在する17資産で構成される。

文化庁HP

「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」(2017年登録)

「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」は,「神宿る島」沖ノ島を崇拝する文化的伝統が,古代東アジアにおける活発な対外交流が進んだ時期に発展し,海上の安全を願う生きた伝統と明白に関連し今日まで継承されてきたことを物語る稀有な物証です。

沖ノ島には,4世紀から9世紀の間の古代祭祀の変遷を示す考古遺跡が,ほぼ手つかずの状態で現代まで残されてきました。

文化庁HP

長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産(2018年登録)

禁教時代の長崎と天草地方において,既存の社会・宗教とも共生しつつ信仰を密かに継続した「潜伏キリシタン」の伝統を物語る稀有な物証です。

文化庁HP

「百舌鳥・古市古墳群」(2019年登録)

古墳群は、古墳時代の最盛期(4世紀後半~5世紀後半)に、当時の政治や文化の中心地の一つだった大阪府南部地域に築かれたもので、墳形も規模も多様なのが特徴です。

ぶったぎり君

基本的に西日本ばかりだね。

まなぶ君

いかに日本文化の大半が西日本で育まれてきたかが分かります。

日本文化遺産一覧表から思うこと

日本は海洋国家として、第二次世界大戦までは外敵に大きく襲われることなく分化を育んでこれました。

陸続きであるヨーロッパやアフリカ大陸の国ですと、すぐに隣の国から攻められ、分化が破壊されがちです。

そうした点から見ても、日本は立地上かなり恵まれていたことが分かります。

ぶったぎり君

国がある「場所」って本当に大事なんだね。

まなぶ君

金持ちの子どもに生まれる波にラッキーだったということでしょう。

そして、2000年以上とも言われている日本文化の中心が、いかに西側にあったかもわかります。

「平泉」は東日本にありますが、これは文化の中心である西日本から逃げるようにしてきた奥州藤原氏がつくった文化です。そうした文化が世界遺産に登録されていることも感慨深くはあります。

ぶったぎり君

日本人が争ったり団結したりで育んできた歴史。

すべてがきれいな歴史なわけじゃないけど、そうした日本人たちがつけてきた足跡を、遺産として外国の人たちが見てくれるのはありがたいね。

まなぶ君

そうですね。

同じ歴史でも、私の生誕からこれまでの歴史をエッセイにして出しても、誰も興味がないでしょうし。

ぶったぎり君

過去の遺産が今への投資になってると考えると、やっぱり歴史を継続的に保存していくってのは大事なことだね!

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