勝海舟とはを簡単に!名言「敵は多ければ多いほどおもしろい」の真相は?

 勝海舟が何時代の人かすぐに分かる人は、ちゃんと勉強をしてきた人です。

わたしは「江戸時代?」「あれ?明治?」と、いつもあやふやになってしまいます。

最近わたしは板橋区から墨田区の街へ引っ越したのですが、実は引っ越した先のマンションの裏に、「勝海舟生誕の地」があります。

これも何かの縁という事で、勝海舟について簡単にまとめていきたいと思います。

ぶったぎり君

勝海舟は江戸時代の終わりに活躍した偉人だよ!

まなぶ君

ペリー率いる黒船がやってきたくらいの、あの混乱の時期ですね。

ただ、名前は有名でも実際に何をした人なのかがピンときません。

ぶったぎり君

うーん、覚え方としては「勝海舟」の名前にヒントが隠されてるかな。

まなぶ君

名前ですか・・

「勝つ」「海」「舟」・・

海で舟に勝つ??

ぶったぎり君

おぉ!!なんか近い!

まなぶ君

早く教えてくださ¢£%#&□△◆■¢£%#&□△◆■¢£%#&□△◆■¢£%#&□△◆■¢£%#&□△◆■¢£%#&□△◆■¢£%#&□△◆■¢£%#&□△◆■じヴぉjp!!!!

ぶったぎり君

落ち着け。

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勝海舟とは

まずは勝海舟さんの人物像です。

●出身地:東京都墨田区(江戸)
●生誕:1823年1月30日(江戸時代)
●没年:1899年1月19日(明治時代)
●享年:77歳(病死)

ぶったぎり君

勝海舟は江戸時代の幕末時期の役人だったんだ。

いまでいう政治家みたいなもんだね。

若い時から剣術がすごかったり、蘭学詳しかったりで、まぁ努力家のエリートってやつだね!

ただし家は貧乏で育ちはよくなかったらしいよ。

まなぶ君

育ちが悪い以外は、わたしと同じ匂いを感じます。

ぶったぎり君

あ、そうだね・・。

そんな勝海舟が30歳の時に、黒船来航で日本が植民地にされかけるわけよ。

ここで、勝さんはおかみに対して、海からの攻撃に対して国を守ることの必要性、すなわち「海防」に関する意見書をぶっこんだんだ。

まなぶ君

日本はシーパワーの島国ですからね。

海を守ることすなわち国を守ることに繋がります。

ぶったぎり君

で、その後に長崎海軍伝習所ってとこで、航海技術や蘭学を学ぶんだ。ちなみに蘭学はもともと得意だったから、先生として教えるほうに回ったりもしていたんだよ。

まなぶ君

ほうほう。

ここまではそんなに偉人ではないですね。

ぶったぎり君

で、37歳の時に、蒸気船の咸臨丸(かんりんまる)に乗って、アメリカへ留学にいくんだ。

この時に一緒にいったのが、福沢諭吉さんだよ。

まなぶ君

ほぉ~、1万円札も一緒に留学してたんですか!

ぶったぎり君

おい。

で、日本に帰ってきてからは「海軍学校」をつくるんだ。

ここには坂本龍馬が生徒でいたりもしたんだよ。

坂本龍馬は勝海舟のことを恩師と慕っていたんだ。

まなぶ君

その後の日本の躍進の元となる「海軍」の学校をつくったのですか!

それは功績です!

ぶったぎり君

そして45歳の時(1868年)に、江戸幕府側と新政府側との間で、戊辰戦争が始まるんだ。

ここで、勝海舟は新政府側の西郷隆盛と話をつけたんだよ。

まなぶ君

いわゆる「無血開城」ってやつですね。

これも功績です。

コイツすげーな。

ぶったぎり君

おい。

 

名言「敵は多ければ多いほどおもしろい」

勝海舟は生前にいくつかの「名言」を残しています。

ぶったぎり君

「敵は多ければ多いほどおもしろい」

聞いたことある??

まなぶ君

ありそうでないフレーズです。

ですが、なんかキザですね。

ぶったぎり君

たしかにそれもそうだね!

でもさ、こういう時代の偉人ってやっぱりぶっ飛んでる人が多いと思うんだ。

現代なら当たり前のことだけど、あの時代にアメリカに留学にいくとかさ、普通の感覚なら怖くてできないよね。

それをやっちゃうぐらいだから、ゲームのような感覚で生きていたっぽいよね。

だからこそ複雑な人間関係や外敵の脅威に関しても、危機感はあるけれど、どこか冷静。

まなぶ君

そういう人たまにいますね。

難題や人間関係での困難にも、ふかんして見れて、まるでゲームをしているかのごとく楽しみながら生きている人。

うらやましい限りです・・。

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勝海舟の考えを自分に活かす


ぶったぎり君

最近、仕事や人間関係をうまくいかせるための手法として、「ゲーム理論」って考えがあるよ。

まなぶ君

ゲーム理論ですか。

ぶったぎり君

自分の周りで今起きている難題を、サッカーの試合の映像みたいに俯瞰(ふかん)して見るんだ。

そこから戦況を分析して、次のどんな行動(対話)をすれば、戦況が好転するかを考える。

ただ、それだけだと上辺だけのものになってしまうから、そこの登場人物1人1人が、その状況で何を考え判断しているかというところまでも視野に入れて考える。

こうしてより良い選択肢を選んでいくのがゲーム理論っていう考え方だよ。

まなぶ君

(なげーな。)

まさに勝海舟がやっていた生き方そのものではないですか。

彼がやっていたことは、目の前にある難題を、敵と敵対することなく前向きに解決していっています。

ぶったぎり君

そうそう。

一番大事なのは、攻撃しておとしめることで難題を解決してくことではなく、自分をとりまく敵を含めた登場人物全員が現状よりもプラスになる方向で調整していったって所だよね。

だからこそ勝海舟のまわりでは血みどろの戦争は起きていないし、国が育っていった。

自分だけの利益を優先していたら、ああはなっていなかったってことが言えるね。

まなぶ君

そうですね!

(なげーな。)

 

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