末法思想をわかりやすく意味や読み方を解説!末法の世とはいつから?

テレビ番組で度々みかける超有名な尼さんである「瀬戸内寂聴さん」。

今回も、我々の僧侶のイメージとはかけ離れた、豪邸や飲酒やばく食いなどの映像で楽しませてくれました。

これに対し、ネット上では「生臭坊主」「末法だ・・」という声が多く上がっています。

ぶったぎり君

生臭坊主はなんとなく意味がわかるけど、「末法」ってきいたことある?

まなぶ君

初耳です。

きっと大人気の瀬戸内寂聴さんが言われるぐらいなので、末法とはきっと良い意味での言葉なのでしょう。

ぶったぎり君

いや実は「末法」はディスり言葉なんだよ。

寂聴さんは人気者だけど、それゆえアンチも多いことがわかるね!

まなぶ君

「末法」とは一言でいうと何なのでしょうか?

ぶったぎり君

「末法」ってのは、”釈迦の教えが無視され続けるような、人も世の中も最悪な時代”のことだよ!

現代はさまに末法だね!

まなぶ君

たしかに現代人がみなお釈迦様なら、戦争に次ぐ戦争や醜い人間同士の争いは起こりませんね。

アーメン。

ぶったぎり君

寂聴さんの生きざまを見て、まさに末法の時代に舞い降りた尼さん僧侶だと思うのも当然だね!

まなぶ君

寂聴さんの説法は有名ですが、たしかにお釈迦様の教えより、自分自身の生の声を大事にしております。

そこが世にウケているというのも、末法の世だからこそなのでしょう。

ぶったぎり君

末法だからこそ、個性が活きる時代、そう考えられるかもしれないね!

もう少し「末法思想」を詳しく見ていこう!

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末法思想とは

末法思想とは、お釈迦様が説いた歴史観のことです。

そして「浄土教」の教えです。

どんな歴史観かというと、世の中は「正法」「像法」「末法」の順で終わっていく、というものです。

それぞれどんなものかと言うと↓↓

末法思想

■正法

➞正しい「教え」が世の中で行われ、修行して悟る人が存在している時代。

■像法

➞「教え」は行われているが、ただ修行者しているだけで、悟る人が存在しない時代。

■末法

➞正しい「教え」がまったく存在せず、人も世も混乱が起きている時代。

この3つをセットで見ると、「正しい教えは次第に衰え、やがて滅びる」という意味です。

人の考えなんていつかは時代とともに衰退していく、そういった意味にも捉えられます。

そもそもお釈迦様は、死ぬ間際に弟子たちに対して、「自身の考え」は自分自身の考えでしかないので、後世に残す必要はない、むしろ残さないでくれ。

と伝えたという逸話があります。

結果、それでもお釈迦様を尊敬する弟子たちは、後世にお釈迦様の考えを教えていったのですが・・。

ぶったぎり君

あんま詳しくなかったけど、釈迦ってやっぱり神ってるよね!

まなぶ君

「悟りを開く」というのは本来、自分を人間として客観視でき、どんなにがんばっても完璧な人間にはなれないし、自分の考えは自分の考えでしかなく、正しいも悪いもない。

こういう思想の段階をもって「悟りを開く」状態と言うのでしょう。

 

末法の世とは

具体的に末法の世の中とは、どのような世の中のことをいうのでしょうか。

お釈迦様が「正法・像法・末法」の存在を説いた本心は分かりませんが、個人的には人間のおろかさに対する「いましめ」の意味が濃厚だと感じます。

人間というのは、ふと気を抜くと妥協してしまう生き物です。

世の中でそういった人たちの割合が増えれば増えるほど、世の中(社会)は衰退していきます。

そういう世にならないためにも、みな気を引き締めて、といったところでしょうか。

ぶったぎり君

ちなみに日本では、平安時代に最澄がすでに「今の世は末法である」と自覚していたんだって!

まなぶ君

さすが歴史的超有名人です。

その時の世を見る力、修行のたまものですね。

最澄がどんな人かの記事はコチラ

ぶったぎり君

最澄がいた平安時代の最後の方は、それまで当たり前だった貴族の摂関政治が衰退しきて、武士のはしりが台頭し始めて、治安が激しく乱れてて民衆の不安は増大の一途だったんだ!

その流れの中で、僧侶が僧兵として武装し始めていたからね!

「正法」に見る「正しい教え」なんてできる僧侶がいなかったと思うのは当たり前だよ!

まなぶ君

荒れていますね・・。

僧侶が武装してしまう世の中ですか、それはまさにお釈迦様の言われた「末法」そのものの時代ですね。

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末法の時代はいつからかいつまでか

諸説ありますが、一般的に「釈迦が亡くなってから1500年目が「末法の時代」にあたると語り継がれてきました。

その1500年目というのが、先ほどでてきた平安時代の1052年頃だったのです。

その当時の戦乱や天変地異などの不幸の連続は、「末法時代」だから起こっていると考えられていました。

ちなみに、この「末法の時代」は1万年続くと言われています。

まさに現代も末法の時代の最中なのです。

瀬戸内寂聴さんが「末法」の僧侶と言われるのは当たり前で、むしろ今現在存在している僧侶はみな末法の僧侶であるといった方が分かりやすいでしょう。

※ただし、「末法」の考え方は浄土教だけにあるのですが・・。

補足:浄土教が広まったワケ

①平安時代、末法時代に突入したことで、戦乱や天変地異などの不幸が起きている皆思った

②当時の人々は「末法」ということで、現世での幸福を諦め、来世に幸せを託す気運が高まった

③阿弥陀仏を観想し、念仏を称えれば極楽浄土に救ってもらえ、仏の導きで成仏できると皆思い始めた

こういった大衆の気持ちの変化から、浄土教が広がった

ぶったぎり君

現実逃避!?

まなぶ君

思想や宗教にはまるときは、何かにすがりたい心理状態にあるときだとよく聞きます。

平安末期は世の中の大半が、まさにそういった心理状態だったのでしょう。

 

末法元年と言われる平安時代の歴史の流れはコチラ↓↓

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末法元年に生きた天才僧侶たちの違いはコチラ↓↓

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