室町時代をわかりやすく!どんな時代?自治組織はいつから戦国大名に?

室町時代はどんな時代!?

後醍醐天皇と足利尊氏らによって、鎌倉幕府は文字通り”滅亡”させられました。

そして時代は室町時代へと入っていきます。




 

 

室町時代!初めから問題だらけ・・

鎌倉幕府を倒した『後醍醐天皇』と『足利尊氏』でしたが、すぐにケンカ別れが訪れます。

補足

そもそも足利尊氏が鎌倉幕府打倒のため『後醍醐天皇』に味方をした理由は、”貧しさが続く庶民の現状”を後醍醐天皇であれば変えてくれると思ったからです。

しかし、後醍醐天皇がいざ政治の実権を握ると何もうまくいかず、ただの貴族中心の政治に戻り庶民たちの生活は貧しいままでした。これにブチ切れた足利尊氏は、

足利尊氏
『だったらオレが政治やるわ!後醍醐さんはもう用済みや!』

てな感じで動き出しました。

 

足利尊氏がなにをしたかというと、皇族の中から後醍醐天皇に代わる新しい天皇を出迎えて、室町幕府をつくりはじめます。

後醍醐天皇はこれにより南の方へ追いやられますが、それでも

後醍醐天皇
『自分こそ本物の天皇やで~!』

と言い続けます。

これが世にいう”南北朝時代”というやつです

これにより北側に天皇あり、南側に天皇あり天皇が同時に二人も存在してしまうという事態が続いたのです。

 

やがて足利家メインの時代に・・

南と北に天皇がいた時代もやがて収拾され、北側の天皇に統一されます(北側は足利尊氏がいるほうです。)鎌倉幕府の武家政権を打倒したのに、結局また武家政権が誕生していますね(@_@;)

室町時代は15代将軍まで続き、約200年にも及んでいます。ただ、景気が良かったのは3代将軍の足利義満の時までで、あとはずっと財政や軍事基盤が弱い状態が続きました。




 

戦乱の時代の幕開け・・ほんとのところどんな時代だったのか!?

幕府の財政が弱いとどうしても、各地に権力がふるえません。お金がないので各地で揉め事が起きても軍隊を派遣したりも出来ません。各地の動向を監視するなんてもっと出来ませんでした。

その情勢の中、『大名』という役割の人たちが時代の寵児になっていきます。

”戦国大名”とかよく聞きますよね(@_@;)一般にこの戦国大名が各地を支配し、その大名同士が血みどろの争いをした的なイメージです。

 一般に『戦国大名』は

・その土地(県)の地元の土建屋さんのお金持ち社長

・その土地(県)に派遣されてきて長年、守護(鎌倉時代にできた警察みたいな役職)として働いていた仕事人

上記の人たちが、一般庶民から

庶民
『いやぁアンタ人として立派だよ!おらっちたちは一生アンタについて行くよ!』

的な形で担ぎ出されて大名になっていったのです。

イメージ的には、地元民のことをすごくよく考えてくれてる土建屋さんの社長or警察官の人が、

庶民
『市長選挙に立候補しなよ~!オラっちたちの町がもっとよくなるために、この町仕切ってくれよ~』

と言われて、市長になり地域のために頑張っていったって感じですかね(@_@;)

そんな人望のある大名だからこそ土地の境界線争いに対してお互いガチンコでせめぎ合って戦っていったので、戦乱の時代なんて呼ばれているんですね!

 

本当は文化も人間性も育ち続けていた”戦国時代”

室町時代の末期には、ポルトガル人経由で、日本に鉄砲が入ってきました。

また、ザビエルがキリスト教を布教しにやってきています。

世界の動向

ちなみにこの時代、世界ではスペイン人やポルトガル人が、キリスト教を各国に布教させました。

そしてその後に、その国を植民地にするという活動が大々的に行われていました。

いわゆる『植民地支配』というやつは、こうした流れで行われていたのです。

 

この時代、一般庶民はみんな自分たちの土地を育て大事にするという気持ちが、とても強かったからこそ、県境での争いも激しくなってしまっていました。

ここで登場するのが”織田信長”という大名の中でもカリスマ中のカリスマな人物です。

織田信長は、一般庶民と同じ土地への愛を確かに持っていた人物でしたが、彼の意識の目線はひとつ先へ向かっているものでした。

 

 彼が見ていたのは”世界”です。

 

おそらく彼は世界で起きている植民地活動などの情報をキャッチしていたのでしょう。

そんな彼が思う事、それは土地への愛のさらに上の、愛国心であったと思います。もっと広い視野だったってことですね!織田信長がなんでこんなに有名なのかが少しわかる気がします。

織田信長の考え方

欲望のために”天下統一”をはかろうとしたわけではなく、迫りくる外国の脅威にうち勝ち自分たちが愛する土地(日本全体)を守るためには、県同士で争っている場合ではなく、ひとつにまとまる事こそが大事だと!考えていたのでしょう(@_@;)

そうした信念の元、織田信長は足利家を倒し、室町幕府を滅亡させたのです。

 

まとめ

・室町時代の初期は、北と南に天皇が一人ずつ存在していた。

・やがて北の天皇一本に統一され、足利家が室町幕府をひらく。

・戦国大名は庶民から愛された土建屋さんの社長や警察の中から誕生した。

(戦国大名ってほとんどが土建屋さんの社長感があるのは、ほんとに土建屋さんの社長が多くいたから。)

・織田信長の天下統一は、土地愛のさらに上の愛国心によるもので、外国の脅威に対抗するための考えだった。

 

室町時代って、金閣寺と足利義満が食べ過ぎフォルムっていうイメージが大きいですけど、実際は結構日本において大事な時期だったんですね(@_@;)

むしろこの時に、室町幕府が弱体化していてくれたおかげで、各地の地元パワーが結集する事が出来て、戦う事も含めて生命パワーみたいなものが、より一層育まれていった感がします。日本人が各地で自律していった感めっちゃ強いです。

前の時代(鎌倉時代の歴史)についてはコチラ

次に時代(安土桃山時代の歴史)についての記事はコチラ

 




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