中曽根康弘の功績は戦犯?現在年齢100歳も政治的評価は微妙?

2018年5月27日、中曽根康弘元総理が100歳を迎えました。

これに先立ち、中曽根元総理は「大正、昭和、平成の3つの時代を生き、明年には新たな元号も始まる。4代を生きることに誠に深い感慨を覚える」とのコメントを発表しました。

ぶったぎり君

なんだかんだ平均寿命が延びているとは言っても100歳は凄いね!

嫌われ者世にはばかる、なんてよく聞くけど本当なのかな。

まなぶ君

ちょっと、失礼ですよ。

長生きしている人が全て悪い人ではありません。

ぶったぎり君

これは失礼。

中曽根元総理は、僕が生まれた時の総理大臣だったから、他の総理よりも感慨深いものがあるよ。

まなぶ君

そんな前から政治家をされているんですか・・そりゃ100歳にもなりますね・・。

ぶったぎり君

いやこの人、政治家になったのは1947年だよ。

生まれたのが1918年。

戦後すぐから今に至るまでの政治の世界や社会情勢を全て見てきているってことだね。

まなぶ君

生きる歴史教科書ですね。

1918年とはもはや歴史の授業レベルの古さですが、彼にとっては”生きてきた過去”なのですよね。

なんともまぁ人生というもののなんたるやを感じます。

ぶったぎり君

そんな中曽根元総理が戦後の政治でしてきた功績や評価を見ていきたいと思うよ!

まなぶ君

なかなか興味がありますね、お願いいたします。

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中曾根康弘とは

(出展:https://shirewata.com/3335)

2018年、めでたく100歳を迎えた中曾根康弘元総理の経歴を見ていきましょう。

プロフィール

●1918年5月27日、群馬県生まれ

●1941年、東京帝国大学法学部政治学科を卒業(東大卒)

● 同年、内務省入省➞海軍配属(戦時中にて)

●1947年、 第23回衆議院議員総選挙で初当選

●1954年、日本の原子力推進を推し進め始める

●1982年、 第71代内閣総理大臣に就任。国鉄、電電公社、専売公社の民営化(JR、NTT、JTへ)

●1983年、第2次中曽根内閣発足

●1986年、第3次中曽根内閣発足

●1987年、退陣

●2003年、 小泉純一郎首相から定年制導入のために引退を要請される。反対するも最終的には政界から引退

第二次世界大戦も軍人として存在し、その後に政治家に転身しています。

歴史の生き証人。

 

戦時中の功績

(出展:http://nakasone-family.blog.so-net.ne.jp/2010-05-01-2)

戦争を経験している数少ない政治家の一人ですが、本当に戦火の中大変な経験をしていました。

当時海軍として、戦場に赴いていた際に仲間たちが目の前で戦死しています。

その時の思いを俳句にしたものがコチラ

友を焼く 鉄板を担ぐ 夏の浜

夏の海 敬礼の列の 足に来ぬ

語訳

彼ら、戦死した戦友をはじめ、いっしょにいた二千人は、いわば日本社会の前線でいちばん苦労している庶民でした。美辞麗句でなく、彼らの愛国心は混じり気のないほんものと、身をもって感じました。『私の体の中には国家がある』と書いたことがありますが、こうした戦争中の実体験があったからなのです。この庶民の愛国心がその後私に政治家の道を歩ませたのです。

(出展:Wikipedia)

まなぶ君

これがドラマの話ではなく、実体験として脳裏に存在していると思うと鳥肌がたちます。

ぶったぎり君

ちなみにそんな実体験者の中曽根さんはのちに、「中国、アジアには侵略、韓国には併合という帝国主義的行為を行ったので反省し詫びるべき」って言ってるよ。

まなぶ君

第二次世界大戦の白人からのアジア解放のために、日本は領土を拡大していった、という専門家たちもいますが、当事者からしたらやはり「侵略」という認識があったのですね。

ぶったぎり君

説得力が違うよね。

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政治的評価

政治家となった中曽根氏はどのような政策をしてきたのでしょう。

関わった主な政策

●電電公社、日本旅客鉄道、専売公社(三公社)の民営化➞JR、NTT、JTへ

●携帯電話を日本に導入

●日米安保体制の強化(レーガン大統領と良好な関係)

●靖国神社へ首相として公式参拝(首相としての参拝は現在までで、この中曽根氏だけ)

●自衛隊への経費拡大(自衛隊の備品購入の自腹額が減った)

●三宅島の噴火災害で、リーダーシップを発揮し島民全員を無事に救助

ぶったぎり君

やっぱりこの”民営化”ってのがキーワードになってきそうだね!

まなぶ君

自衛隊への恩恵や強いリーダーシップも気になります。

やはりご自身が戦争を生身で経験しているところから、こうした功績につながったのでしょう。

ぶったぎり君

やっぱり修羅場を潜り抜けてると、いざとなった時の対応力がちがうんだね・・。

ちなみに、まだ総理になる前の若いころに、マッカーサーに対して建白書(目上の人へ意見を書いた文書)を渡しています。

1.占領の長期化は、占領者・被占領者双方を堕落させる
2. 日本再建の要諦は講和条約を通じて日本に完全なる独立と国際的に対等な地位を与える
3. 領土の帰属は国民投票で確定する
4. 日本の政治・防衛方法に関しては講和条約で制限せず、日本国民の自由意思に任せる
5. 国連加盟までは集団安全保障体制を確立し、日本の安全を保障する
6. 戦傷者・戦死者・遺族の待遇を改善する
7. 警察予備隊は、アメリカの傭兵的予備隊と化している
8. アメリカの航空会社が日本の航空権を独占し、日本の民間航空を排除している
9. 独立後の日本に航空機の製造・保有を禁止しない
10. 原子力の平和利用研究の禁止を解除する

(出展:https://ameblo.jp/eatingpeach/entry-10722749)

ぶったぎり君

これを読んだマッカーサーは激怒したらしいよ。

まなぶ君

そりゃあ敗戦した国の若造にこんなもの渡されればブチギレそうなものです・・。

ぶったぎり君

でもさ、内容を見ると戦前のニッポン男児の強さを感じるよね。

主張することは主張する!そんな気概が戦前に生まれた人にはあったんだろうね・・。

 

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