奈良時代とはどんな時代か?庶民の文化や暮らしは?

仏教が庶民の間で大流行り

奈良時代までの仏教は、庶民にはあまり知られることはなく、お金持ち(高級官僚など)しか学ぶことができませんでした。

そんな仏教が、この奈良時代に庶民の間にも普及します!!

一体どんな歴史の流れがあったのでしょう!!




 

 

一般人への仏教普及の立役者!聖武(しょうむ)天皇と行基(ぎょうき)

奈良時代はまさに、疫病が流行り災害も多く、飢饉にあえぐ。そのような時代背景がありました聖武天皇とはまさにその時の天皇だったひとです。

聖武天皇は、この地獄絵図と化した(かどうかは不明ですが)国を、どうにか元の平穏な情勢に戻す為、あることに閃きます

 

聖武天皇『あ!仏教パワーで平和取り戻せるんじゃね!?』

 

こうして聖武天皇は、今まで庶民が手出しをすることを禁じていた仏教を、庶民に解禁することにしました

 

一方で、それまで仏教の布教活動自体も禁じられてたにも関わらず、勝手に布教活動していたひとがいました。

その名は”行基”です。

ただこの行基さん、めちゃくちゃいい人で慈善活動として布教活動を自ら勝手にやっていました当時は布教活動禁止なので、普通に犯罪ってことですよね汗。まぁただ慈善活動しながらの布教活動なので、庶民のひとたちからは、『あいつすげー!神!』的な見方をされ人気がありました

そこに、仏教パワーで平穏を取り戻そうとしていた聖武天皇が目をつけます。

聖武天皇『君いいねぇ!ぶっっちゃけ布教活動とは犯罪よ犯罪!でもこれからは布教活動ガンガンokだからもっとやっちゃって~!』

行基『おぉ!認めてくれるんですね!ではもっと大々的に活動して、有志の人々を募って、橋とか田畑のインフラ整備も進めていきますわ!祈るだけが仏教ではないのです!』

そんなこんなで、疫病や災害で国がダメになりそうな世の中の裏で仏教普及とインフラ整備が同時に行われていきました。すごいですね・・ピンチはチャンス的な。

 

墾田永年私財法(こんでんえいねんしざいほう)

で、このまま一気に国のパワーを再生する為に、”墾田永年私財法”たるものが出されます。

『墾田永年私財法』とは、その辺にある誰も触ってない土地を耕して、田畑にしてくれたら、その土地を、永遠に君たちの家系のものとして認めてあげるよ!といった法律です。これによって庶民はやる気を起こし、荒れ地がどんどん耕されていったのです。

それまでは、班田収授法(はんでんしゅうじゅのほう)という法律により、国の土地は全部天皇のものですよ、といった時代でした




 

この時代に作られた有名な書籍

『古事記』『日本書紀』『万葉集』ができたのも、この時代です。

簡単に

『古事記』⇒日本の始まりから現在(奈良時代)に至るまでの出来事を、国民向けに残した書籍

『日本書紀』⇒日本の始まりから現在(奈良時代)に至るまでの出来事を、外国向けに残した書籍。(対外的)

『万葉集』⇒歌集 ※日本で最も古い歌集

記録が残されて初めてその物事が歴史として認識される、と何かの本で読んだことがありますが、まさに古事記や日本書紀あっての歴史ですね。ありがたいです。

 

まとめ

・奈良時代は、疫病や災害が大流行していた。

・平穏な時代を取り戻す為、仏教パワーにすがり、なんとかしようとした。(まさに神頼み)

・仏教を普及させ、インフラ整備にいそしみ、ピンチをチャンスに変えた。

・これらの活動により、大仏やお寺がぞくぞくと建った。

・墾田永年私財法により、庶民がやる気を取り戻した。

やっぱりピンチの時こそ、なにか行動を起こす、いつの時代も”行動力”が世界を変えるのですね(@_@)

少し前の時代(飛鳥時代末期から奈良時代にかけての歴史)の記事はコチラ

少し次の時代(奈良時代から平安時代にかけての歴史)についての記事はコチラ

 




最近読まれている記事↓↓

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)