ノモンハン事件とは?簡単にわかりやすく解説!戦犯責任は誰にある?

2019年8月11日、 飛鳥から奈良時代に、一時的に都が置かれた難波宮跡(大阪市中央区)の発掘調査現場から、「ノモンハン事件」に関する機密文書が見つかりました。

終戦時に陸軍が各部隊などに命じ、防空壕内で機密文書の焼却処分を行ったとみられており、この時代の記録が出てきたというのは大変貴重です。

ぶったぎり君

ノモンハン事件もたまに聞く名称だけど、あの時代って「〇〇事件」って呼ばれるものが多いよね。

まなぶ君

「あの時代」ってどの時代ですか?

ぶったぎり君

1930年代のことだよ。ちょうど日本が太平洋戦争に入っていく前の時代だね。

まぁ日中戦争頃の時代と言ってもいいかな。

まなぶ君

ノモンハン事件は機密文書がほとんど消滅させられていたので、その真実が不確かなものだったらしいですが、分かっているおおまかな流れだけでも知りたいです。

ぶったぎり君

よし!じゃあ早速タイムマシンで見に行ってみよう!

まなぶ君

え?そういう設定でしたっけ、このブログ・・。

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ノモンハン事件とは?簡単にわかりやすく解説!

(出展:wikipedia)

ノモンハン事件とは、1939年に満州国(当時は日本が支配していた場所)とモンゴル人民共和国(当時はソ連が支配していた場所)で起こった「国境紛争」のことです。

それぞれの国のバックにいた、日本とソ連が・・

日本:「おい!今うちの土地に入っただろ!」

ソ連:「うるせー!入るも入らないも、そもそもここまではうちの土地だー!」

日本:「ふざけんなー!」

ソ連:「やんのかボケー!」

両者「¢£%#&!□△◆■¢£%#&□!!△◆■¢£%#&□△◆■¢£%#&□△◆■!」

日本:「停戦しましょ」

ソ連:「そうしましょ」

簡単にいうとこんな流れです。

ぶったぎり君

いやたしかに簡単だけど、もう少し詳しく知りたいよね。

まなぶ君

そうですね。これだと読者が離れていきます。

ノモンハン事件前後の流れ

  • 1917年:ロシア革命によりロシア崩壊で「ソ連」誕生(世界で初の社会主義国家)
  • 1924年:ソ連は隣接するモンゴル人民共和国を実質上支配下においた
  • 1931年:満州国が建国
  • 1932年:日本は満州国を実質上支配下においた(そもそも日本が満州国を作った)
  • 数年間:満州国とモンゴル人民共和国の国境沿いにある「ハルハ川」付近で両者の国境を主張する小競り合いがおきる
  • 1939年:ソ連軍のパトロール部隊がハルハ川を越えて東側にやってくる
  • ー5月:満州国にいる日本軍(関東軍)は自国領土への侵入と判断しソ連に攻撃、交戦状態に。
  • ー8月:日本軍(関東軍)劣勢の中、大本営(日本政府)から中止の命令がくだり、ソ連軍との停戦協定が成立した


(↑現在の地図:ハルハ川はこの辺)

(当時の地図:ハルハ川がモンゴルと満州国の国境付近ということが分かります)

ぶったぎり君

島国じゃないと、こんなにも簡単に紛争が起きてしまうんだね。

まなぶ君

どちらも人の土地に軍隊を置いて、人の土地で争いをしているという謎。

これがあの当時のスタンダードだったんですね。

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ノモンハン事件|戦犯である責任は誰にある?

(出展:wikipedia)

このあたりの時代に必ず登場する関東軍。

日本軍の一部のことですが、中国大陸にある満州国の治安維持を任されていたのが「関東軍」です。

よく「太平洋戦が起きたのは関東軍の暴走」などという専門家もいますが、たしかにこのノモンハン事件も関東軍が勝手にソ連に武力行使したのが原因ともいえます。一方で、ソ連が勝手に領土侵入をしてきたので、関東軍の武力行使は当然のことだったとも言えます。

ぶったぎり君

今の日本とは価値観もだいぶ違うだろうから、判断が難しいところだね・・。

まなぶ君

日本以外なら、現在でも海外ではこうしたことがきっかけの紛争をよく見ますね。

当時の関東軍の指揮をとっていたのは、日本の第23師団長である小松原道太郎。

当時の内閣総理大臣は、近衛文麿から平沼騏一郎に変わったあたり。

近衛文麿もこのあたりの時代背景によく出てくる人物であり、かつ太平洋戦までの流れをつくった戦犯として見られていたりします。

ということで、もしノモンハン事件の「戦犯」を決めるとしたら、

  • 小松原道太郎
  • 近衛文麿
  • 平沼騏一郎

このあたりの誰かでしょう。

ただし、小松原道太郎は責任を任せられ、その上で判断しソ連に攻撃をしかけたわけで、日本本土から強い意志で「やめろ!」と号令をかければやめたんじゃないかなとも思います。

が、この小松原道太郎。

2011年に日本とロシアの公文書などを基にした一節によると、ソ連のハニートラップにかかっており、ソ連の対日情報工作に協力するスパイだった可能性が大きいとに発表されています。

要するに、わざと日本側からソ連が攻撃をしかける大義を与えて、ソ連が日本をボコボコにする口実を作ってあげたというわけです。

ぶったぎり君

これが事実なら確実に小松原道太郎さんの責任一択だね。

まなぶ君

いやぁこのあたりの歴史の話はまさにSF並みに「現実よりも奇なり」です。

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まとめ

  • ノモンハン事件は1939年にソ連軍と日本軍(関東軍)の国境線をめぐる小競り合いから起きた
  • 最初に攻撃を仕掛けたのは日本側
  • 最終的には大本営(日本政府)の命令で日本軍(関東軍)はソ連と停戦協定を結んだ
  • 当時指揮をとっていた小松原道太郎にはソ連のスパイだった疑惑がある

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