パレスチナ問題を簡単にわかりやすく歴史的背景を解説!原因や今後のエルサレムは?

2018年5月16日、イスラエルにおけるアメリカ大使館を、聖地エルサレムへ移転させたことが多くの国で懸念を残しています。

アメリカのヘイリー国連大使は「米国民の意思を反映させたもので、主権の問題だ」と主張をしており、正当性を訴えていますが、一方、国連安全保障理事会は、パレスチナ自治区ガザ住民に対するイスラエル軍の銃撃で多数の死傷者が出たことをめぐって緊急会合を開きました。

会合の中で、クウェートのアルオタイビ大使は「イスラエルの行動は明らかに国際法と安保理決議違反だ!」と批判し、さらにボリビアのヨレンティ大使は、今回のアメリカ大使館のエルサレム移転が「衝突の契機になった」と非難しました。

ぶったぎり君

パレスチナ人による紛争が過激化しているね・・。

イスラエル軍もイスラエル軍で、普通に民間のパレスチナ人殺しちゃうんだもんな・・。

まなぶ君

どうも向こうのこうした事件についてのに内容が頭に入ってきません。

「イスラエル」という国なのに「パレスチナ人」という人々がいて、「エルサレム」の何かをめぐって争っている。

漠然とかイメージできないのが現状です・・。

ぶったぎり君

たしかにそうだね!

これらの件については、過去にさかのぼって歴史的背景から見ていかないとなかなかつかみヅライと思うよ。

まなぶ君

イスラエルという国は第二次世界大戦後に建国されましたが、その時までさかのぼるという事でしょうか??

ぶったぎり君

ううん、3000年くらい前までさかのぼる。

まなぶ君

!!??(ゲボォーーーー)

ぶったぎり君

(何か出たな・・)

歴史はずっと続いてきた足跡のうえに成り立っているからね!

でもそこから見ていけば、今の紛争やパレスチナ人って何?って疑問が解結すると思うよ!

まなぶ君

3000年は長すぎるので、解説したいなら、できるだけ簡単に分かりやすくやってもらっていいッスか?!

ぶったぎり君

(あら、急に失礼な態度‼)

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歴史的背景

なぜ現代に、紛争が絶えない地域になっているのか?

取り急ぎ、歴史的な流れから簡単にサッと見ていきたいと思います。

イスラエル地域の歴史

①現在のイスラエルの国がある地域には、3000年前に、「イスラエル王国」という国があった(ここには多くのユダヤ教を信仰しているユダヤ人が居住していた)

②紀元前600年頃に、他の国(ローマ帝国)によって征服される(ユダヤ人は居住場所を無くし他の地域へバラバラになる。征服したローマ帝国によってこの地にキリスト教が普及する)

③その1000年以上あとの、600年頃には、今度はこの地をイスラム帝国が占拠。これによりアラブ人も流入してきて、イスラム教も普及)

※そんなこんなで、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教という3つの宗教がひしめき合う場所となる。あろうことか、このイスラエルの「エルサレム」とう地域に3つの宗教とも”聖地”を設置!

④それからさらに約1000年後の16世紀頃には、イスラム教を信仰しているオスマン帝国という国が、この地を征服して支配。(ここから約400年、イスラム教を信仰しているオスマン帝国が支配する国となる)(イスラム教色が強い地域になる)

補足

●ユダヤ教=イスラエル王国のユダヤ人

●キリスト教=ローマ帝国の人

●イスラム教=イスラム帝国のアラブ人

ぶったぎり君

ちょっとブレイクしようか!

こんな流れで紀元前から16世紀(1500年代)までは、おしくらまんじゅうみたいな形で異なる民族がイスラム地域を支配したりされたりしていたんだね。

まなぶ君

一番最初に居住していたユダヤ人としたら、とんだ迷惑な話ですよね・・。

ぶったぎり君

そうだね。

ただ人間は昔から、民族の土地の奪い合い(戦争)で成り立っているからね。どこもかしこも同じような争いは尽きなかったみたいだよ。

まなぶ君

でも征服されれば、民族も宗教も新しく征服した人たちのカラーに変わっていくのではないですか?

ぶったぎり君

厳密にはところてん方式みたいに、入ったら出てく!入ったら出てく!って感じではないからね。

征服された民族も少なからずこの地に残っている人たちもいたんだ。

さっき言ったみたいにあくまで「おしくらまんじゅう」状態が続いていくイメージだね!

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パレスチナ問題

16世紀から始まったイスラム教のアラブ人からなるオスマン帝国の支配は、400年余り続きます。

その間で、この土地(元々イスラエル王国だった場所)は、オスマン帝国の一部として、”パレスチナ”と呼ばれるようになりました。

※当時のパレスチナの場所(黄色)

※現在の地図

(出展:https://travel.yahoo.co.jp/abroad-tour/bin/atour_category?areacd=0700&countrycd=PS)

当初住んでいた土地を奪われバラバラになったユダヤ人。

彼らは各地にバラバラになりながらも、その土地その土地で、勤勉に努力し続け成功する人が多く存在していました。

ですが、その土地土地で成功すればするほど、地元民に嫉妬され、また追い出される、というような境遇だったのです。

そんな中、各地に飛んでいたユダヤ人たちは、各地での迫害に疲れ果て、元住んでいた土地(その時はオスマン帝国になっている)に多くの者が戻ってきました。

まなぶ君

戻ってきちゃったのですか!?

元の木阿弥・・。

いくら元々自分たちの民族が住んでいた土地だからといって、その時はイスラム教を進行しているアラブ人が支配しているオスマン帝国ですよね。

そこにユダヤ教のユダヤ人が戻ってきてしまったら・・

このタイミングで紛争が絶えなくなったのですね!?

ぶったぎり君

いや、それが意外と、小さいいざこざはあったみたいだけど、それなりにうまくやっていたんだって!

まなぶ君

ほぇ~、ここまではまだ問題にはなっていなかったのですね。

そして、

今現在問題になっている発端はこのあとから強くなります↓↓

パレスチナ問題の発端

①パレスチナ(オスマン帝国の一部)では、アラブ人とユダヤ人がおしくらまんじゅうしながら住んでいた。※簡単にいくとオスマン帝国という国の中のパレスチナという地域内にアラブ人とユダヤ人が共存している状態

②第一次世界大戦がはじまる(1914年~)

※オスマン帝国 VS イギリス・フランス・ロシア

③オスマン帝国の内部崩壊を狙ったイギリスは、

アラブ人に対し:「イギリスに加担してオスマン帝国ぶっつぶすの内部から手伝ってくれたら、アラブ人ためだけの国をここに作るの手伝うよ!」

ユダヤ人に対し:「皆さん勤勉で各地で儲けているみたいですね!イギリスにその資金を提供してオスマン帝国ぶっつぶすの手伝ってくれたら、ここにユダヤ人の国作るの手伝うよ!」

※イギリスはそれまで各地に植民地をつくってきたプロです。中々のダブルスタンダードなやり口ですが、うまいとしかいいようがありません・・。

④イギリスはどちらの約束もやぶり、手伝うだけ手伝わせて、建国のサポートは一切しませんでした

⑤そんな中、1920年代、1930年代とパレスチナにユダヤ人の居住者が増加していきました

※ユダヤ人は資金提供をしてくれていたので、イギリスはアラブ人よりユダヤ人を優遇していたのと、当時ドイツのナチスがユダヤ人迫害をしていたので、たくさんのユダヤ人が逃げ込んできたので。

⑥第一次世界大戦前かでは、パレスチナに少数しかいなかったユダヤ人が、第一次世界大戦を皮切りに激増していき、アラブ人困惑でぶち切れ。あげくユダヤ人とアラブ人の対立激化!

⑦その後、第二次世界大戦も終わるころには、植民地という考えも社会情勢的に時代遅れになり、そもそもイギリス人が実質占領していたパレスチナのユダヤ人とアラブ人の激化する対立をどうにもできず、イギリス退散。後処理を国連に丸投げ!

まなぶ君

なかなかのカオス状態ですね・・。

ぶったぎり君

結局イギリスとしては、もともと他人のもの(土地)ぶんどっただけだから、めんどうになったら捨てちゃえばいいって考えは当然っちゃ当然だよね。

まなぶ君

テレビを見ていていつも思うのですが、こんな事ばかりやっていたのに、よく「平和」を掲げられますよねイギリス人の政治家って・・。

ぶったぎり君

日本人の感覚からするとキツイものがあるよね。

パレスチナ問題の分岐点

①イギリスにパレスチナ問題(ユダヤ人とアラブ人の紛争)を丸投げされた国連は、パレスチナをユダヤ人の国とアラブ人の国に分割してあげることに

※国連にはもちろん、かのアメリカがいます。

そして、アメリカの政治家は大統領になるにあたり、アメリカ本土に住んでいるユダヤ人の投票率はとても重要です。

当時のアメリカ大統領はトルーマンでしたが、トランプ大統領もまさにこのアメリカ本土のユダヤ人の支持を大きく受け大統領になっています。

ですので、そんなユダヤ人の支持を得るために、パレスチナでもユダヤ人優遇の処置を進めます。(これはトルーマンもトランプも同じ心理だと思います。)

②こうして分割されることとなったパレスチナの一部地域に、ユダヤ人独自のイスラエルが建国されました

※国連の一員であるアメリカの強い意図が働き、ユダヤ人の国イスラエルはパレスチナの中でも、水資源にも恵まれた良質な土地に建国されました

③それを見て「不公平だ!」とアラブ人ぶち切れ!

④アラブ人、イスラエルへ乗り込み戦争勃発!(第一次中東戦争またはパレスチナ戦争といいます)

⑤アラブ人はお隣の国、エジプト・ヨルダンに協力してもらいイスラエルを攻撃!

⑥エジプトが協力して攻めてくれた地域は「ガザ地区」に、ヨルダンが協力して攻めてくれた地域は「ヨルダン川西岸地区」として、それぞれ占領!

⑦アラブ人としては、エジプトさんヨルダンさんありがとう!と言いたい所だったが、「ガザ地区」はそんままエジプトが占領。「ヨルダン川西岸地区」はそのままヨルダンが占領。

⑧アラブ人、唖然。

⑨イスラエルの反撃で、元々のアラブ人の土地のパレスチナもどんどんイスラエルに占領されはじめる

⑩アラブ人、茫然。

実際の位置関係はこんな感じです↓↓

イスラエルはそのまま勢力を拡大していき、エジプトやヨルダンが占領していた「ガザ地区」や「ヨルダン川西岸地区」を奪取。

しかしここで、「ガザ地区」「ヨルダン川西岸地区」はパレスチナ人の土地ね!と国連が認定。そうじゃないとパレスチナ人住むとこなくなっちゃうから!

「ガザ地区」「ヨルダン川西岸地区」は「パレスチナ自治区」として、パレスチナ人(アラブ人)の土地として国連は認定するよ!と。

が、いくら「ガザ地区」「ヨルダン川西岸地区」はパレスチナ人のだよ!と国連がイスラエルに対して勧告しても、イスラエルは一切無視。

しかも、有名な”聖地エルサレム”(ユダヤ教・キリスト教・イスラム教)の場所が、「パレスチナ自治区」にちょうどかかってる位置周辺にあるからあら大変。

パレスチナ問題のここ数十年

①1987年に、ヨルダン川西岸地区のパレスチナ人の青年たちが、イスラエル軍に対し”石”を投げ込む!

②その映像が世界の同情を買い、再び国連はイスラエル軍に対し、「ガザ地区」「ヨルダン川西岸地区」はパレスチナ人のだから出ていって!と勧告。

③イスラエル人無視。むしろやばいと思って、その勧告に従おうとした当時のイスラエルの首相が殺される事態に

④一旦は、イスラエルのユダヤ人は「ガザ地区」「ヨルダン川西岸地区」から出ていくそぶりを見せるものの、実際はユダヤ人増加傾向

⑤2014年には、「ヨルダン川西岸地区」でユダヤ人の青年たちが遺体で発見される。その数か月後、今度はエルサレム周辺にて、アラブ人(パレスチナ人)の遺体が発見される。

⑥ユダヤ人を殺したのはアラブ人(パレスチナ人)だ!反対に、アラブ人(パレスチナ人)を殺したのはユダヤ人だ!と、恨みの連鎖が負のスパイラル!

⑦お互いの住んでる地域にロケット攻撃をしあう展開に!

⑧アラブ人(パレスチナ)もユダヤ人も民間人がめっちゃ巻き添えでカオス状態!

ぶったぎり君

こうした歴史的な流れの中で、冒頭に出てきたニュースが起きたんだね!

まなぶ君

もう冒頭のニュースなんて忘れましたよ。

なんでしたっけ?

ぶったぎり君

・・なんだっけ?

まぁ紛争が絶えないってことだよ・・。

 

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