戦前の日本の貧民街や暮らしは今とどう違う?世にも意外な歴史観とは?

戦前の昭和時代について考える時に、現代人とは物の捉え方も考え方も、全く異なる人種に感じる方も少なくないと思います。

では第二次世界大戦前と大戦後で、日本人は新しい日本人に入れ替わってしまったのか?

全くそんなことはありませんね!

私たちがイメージする”戦前”の暗い時代背景は1942年~1945年頃の「蛍の墓」的な部分でしかないところが大きいとおもいます。

具体的に、その暗黒の時代までの流れがどうであったのか見ていきたいと思います。

まなぶ君

戦争反対ーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!

反対!!!!反対!!!!!!!戦争反対ーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!

ぶったぎり君

どうしたの急に??

まなぶ君

戦前の日本にはこうした「戦争を反対する」人たちがいなかったのです。

だからこそ戦争になってしまったのです。

わたしは戦争を反対するためには、命をかけてでも戦争をします!

ぶったぎり君

(本末転倒じゃん・・)

まなぶ君

そもそも戦前は軍部の暴走というのがいけなかったのです!

自衛隊もいつ暴走するかわかりません!わたしたちは暴走してでも自衛隊の暴走を食い止めます!

ぶったぎり君

(い、いやだから・・)

まなぶ君

安倍政権を倒すためならば、日本は中国の一部になるべきです!

ぶったぎり君

目的が見えない!!

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戦前の日本

グローバルで華やかな大正時代が終わり、1926年からは”昭和時代”が始まります。

大正時代についてはこちらです。

昭和時代は1926年(昭和元年)から1989年(昭和64年)までです。

昭和というと、戦争のイメージが強いですが、日本が実際に戦争をしていたのは昭和20年までの時代だけです。

昭和20年以降は、敗戦を機に一度も戦争をしていません。

ぶったぎり君

逆に言うと、明治時代の初めから昭和20年までは、なにかあれば外国と戦争をしていた時代だったんだね。

まなぶ君

それもそのはずです。

世界の基本が「戦争するのが当たり前」だったのですから。

大正時代の華やかさと打って変わって、昭和時代は昭和恐慌という不況から時代が始まります。

ただ、この不況も日本はすぐに切り抜けます。

そして大正時代の勢いをそのままに日本は継続的に成長していきます。

ぶったぎり君

ちなみに先の日露戦争で、満州鉄道(今の北朝鮮の上らへん)の管理権限を日本はもらっていたから、常時日本の軍が満州に滞在していたよ。

その満州では、地元のギャングが暴れまわっていたから、なかなか一筋縄では管理も難しかったようだよ。

1928年には、特別特攻警察が設置されます。

これは、当時ソ連を中心に流行していた「共産主義」を世に広めようとしていた人たちを、簡単に逮捕し罰することができるという言論弾圧の法律、現在では悪法と呼ばれています。

ぶったぎり君

当時は共産主義いわゆる左翼的な人たちが言論弾圧をされ、日に日になんでもかんでも言論弾圧していったんだね。だからこそ悪法なんて呼ばれているよ。

まなぶ君

なにか最近でも同じような空気がありますが・・

ぶったぎり君

たしかに。

当時の特別高等警察も、現代の左翼的な人たちもやっていることは「言論弾圧」そのものだからね。

ミイラ取りがミイラになった状態に見えるね。

まぁ結局どっちがやろうが、言論弾圧からは何も生まれないということだね。

この辺りから、日本は満州周辺を落ち着かせるために、中国国内に内政干渉をし始めます。

ちなみに時を同じくして、日本を含めた世界60か国で「不戦条約」が結ばれます。

これは第一次世界大戦の反省を活かし、紛争はせず話し合いで外交問題を解決していこうという条約です。

ぶったぎり君

今とやってることは変わらない感じだね。

まなぶ君

なぜこんな良い条約が、世界で60か国も調印したのに、第二次世界大戦なんて起こったのでしょう。

ぶったぎり君

今よりさらに世界は未熟だったってことかもね。

当時は植民地支配が当たり前の時代だったにも関わらず、一方では「戦争はダメだよね~」といいながら不戦条約に調印する。

やってることと言ってることがすでに矛盾しているよね。

まなぶ君

世界がひとつの体だとしたら、まだまだ心と体が一致してかった時期なんですね。

ぶったぎり君

ぶっちゃけ今もそうだけど・・

いまよりさらに酷かったってところかな。

1930年代に入ると世界恐慌が起きます。

時を同じくして、イギリス、日本、アメリカ、フランス、イタリアの第一次世界大戦の戦勝国である五大国が海軍の軍縮を担うため、ロンドン海軍軍縮会議が開かれました。

まなぶ君

文字だけ見ると、世界平和にむかっているような気がします。

ぶったぎり君

その裏ではどの国も植民地を広げていたからね。

有名無実とはこのことだね。

1930年代後半からは、内紛ばかりしていた中国大陸の人々がタッグを組み、日本打倒に向かいます。

日本は日本で、欧米列強に負けないよう領土を広げていきたいため、中国との戦争に乗りだします。

満州事変からの日中戦争です。

ぶったぎり君

この辺りまでが第二次世界大戦の戦前までの模様だね。

まなぶ君

全面的に日本が悪かったわけでもなく、全面的に日本がよかったわけでもありませんね・・。

 

貧民街や庶民の暮らしぶり

昭和初期から戦前までの日本人のくらしぶりですが、都市部に至っては現代とさほど変わりませんでした。

都市部の一般家庭では電気も通っています。

しかし、田舎に暮らす人々は冷害やデフレでの物価の値下がりなどで、貧しい生活を余儀なくされました。

そんな農村部に住む人々が出稼ぎに都心部へやってきますが、そんなにすぐに仕事につけるはずもありません。

そうして都市部に来たけれど生活が出来ない貧困層が激増していった結果、戦前の都市部では「貧民街」が出来ていきました。

ぶったぎり君

東京の「深川、浅草、芝、小石川、下谷、京橋、麻布、牛込、本郷、四谷、神田、赤坂」、この辺りは貧民街で有名だったんだ。

まなぶ君

現代の東京にきたは良いけど、仕事を見つけられずに生活保護を受ける人たちとも同じ流れなのでしょうか。

ぶったぎり君

そうした人たちは、非衛生的で狭い長屋に住んで残飯なんかを食べて生活していたんだ。

当時は軍国主義だからね、軍の学校ででた残飯を買い取る業者がいて、その業者が残飯を「残飯定食」として量り売りしするんだ。

残飯業者は、昭和5年の時点で東京市内に23軒もあったらしいよ。

まなぶ君

言い方わるいですけど、今の貧困の方は恵まれている方です。

これも憲法25条のおかげかもしれません。

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戦前までの昭和初期とは

この時代はまさに平和ボケの時代だったと言われています。

平和ボケで政治家間でくだらない足の引っ張り合いをしている間に、世界の情勢がどんどん変わっていったという流れです。

そして格差広がる貧富の差への政策を二の次三の次にしていったせいで、社会の不満が溜まっていき、その不満を解消してくれる存在として軍部が担ぎ出されていったのです。

人は経済的余裕がなくなると、正常な判断が出来なくなります。

そして、宝くじのように可能性の低い期待だけに夢を膨らませる傾向があります。

経済的貧困な人ほどギャンブルをするのは、そういった人間心理からきていると言われています。

ぶったぎり君

そうした不満を持つ社会が、夢の国「満州」のように、次々に日本が領土を拡大していけば、自分たちもきっと幸せになれる、そう思い始めていたんだろうね。

 

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