スーダン紛争の原因を解説!現在起きているデモのニュースから見る今後は?

2019年6月30日、スーダンの首都「ハルツーム」やその近郊などで、民主化を求める市民らの大規模デモがありました。

現地の治安部隊が催涙ガスなどでデモを鎮圧。国営スーダン通信によると、デモに際し少なくとも7人が死亡しており、181人が負傷したとしています。

ぶったぎり君

2019年のデモといったら「香港デモ」だけど、スーダンでも大規模デモか。

まなぶ君

香港は日本から割と近く感じるので、なんとなくイメージできますが、スーダンでデモと言われてもどんな感じなのかあまりイメージできませんね。

文化の違いもかなりありそうですし。

というか、スーダンてどこですか?

ぶったぎり君

そうだね。

「スーダンでデモ」なんて言われても、最低限知らなければならない知識がありそうだ。

そこを掴んでおかないと、なかなかイメージは難しい。

まなぶ君

まずは場所ですね。場所がわからないと「あ、この辺で起きてたのね。」なんてことすらわからないです。

ぶったぎり君

スーダンデモを知るための全体像を簡単に見ていこう!

まなぶ君

まぼろし~☆

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スーダン紛争の原因を解説!

(出展:南スーダンPKO活動)

スーダンでこれほどまでに紛争や問題が起きるのは、地理的な場所が大きく関係しています。

9カ国と隣接していることや、その長い歴史により、スーダンには多種多様な民族・人種が歴史の中で移住してきたのです。それに関連して、多種の宗教も入ってきているので、国内での価値観の違いは否めません。

こうした形で、国内といえど、同じ民族として一体化できていないこと自体が、スーダンで紛争や問題が収まらないそもそもの原因なのです。

ぶったぎり君

人間界においては、「同じ価値観」っていうものが凄く大切になってくるよね。

スーダンの場所(地図あり)

そんなスーダン紛争を知るために、まずはスーダンの場所から見ていきましょう。


(GoogleMAP)

エジプトの下にある国ですね。アフリカ大陸の東側に位置しています。

こんな感じに見えて、日本の約7倍の国土があり、エジプトやエチオピアなど9カ国と隣接。これだけでも大変そうな感じです。ちなみにGDPの約40%が農業生産によるものなので、国民の多くが農家になります。

さらには産油国でもあり、1990年代から石油の開発が本格化したことで、産出国としても大きく発展してきています。

ぶったぎり君

中東も近いからね。この辺てほんと原油がよくとれるよね。日本でいう温泉みたいなものなのかな。日本もとりあえず掘りまくれば温泉が湧くなんて言われているし。

スーダンの歴史


(外務省HP)

スーダンには、あの有名なナイル川が通っています。ということでとんでもない昔から文明が栄えていました。

紀元前2000年代にはすでに、スーダン帝国が存在し高度な文明があり、ピラミッドの数も1000個近くと、エジプトを超えています。

まなぶ君

なんか元々のイメージとは全然違いました。

国土の広いスーダンは、北の方と南の方では、その緑の多さも違うのが分かります。(今で言うスーダンは緑が少ない平原地帯ですが、南スーダンは緑が豊富な地帯。)

ってなこともあり、スーダンの上の方(現スーダン)と、スーダンの下の方(現南スーダン)の人々は、ほぼ違う民族として存在していたのです。

そんな歴史をとおして、他民族の侵入だったり、王朝の興亡,キリスト教やイスラム教の伝播など,数え切れないほどの変遷を重ねて近代に入りました。

ぶったぎり君

なんか昔の中国っぽいね。

1899年にはイギリスとエジプトに共同統治され、スーダンの上の方(現スーダン)と、スーダンの下の方(現南スーダン)の人々は同じスーダンとして扱われます。

ぶったぎり君

これ絶対のちのち争いが起きるパターン。。

第二次大戦後の1956年にスーダンではイギリスらを追い出して、ひとつの国家としてやっていくための独立運動が起きます。ここで同じ敵に対し、スーダンの上の方(現スーダン)と、スーダンの下の方(現南スーダン)の人々が一致団結できればよかったのですが、そうはなりませんでした。

「スーダンの下の方(現南スーダン)は下の方だけで独立するから!」という流れです。

ここから、スーダンの上の方(現スーダン)と、スーダンの下の方(現南スーダン)の激しく長い紛争が始まりました。

南北内戦による死者は約200万人,難民・避難民は約400万人とも言われるほどのレベルだったのです。

最終的に選挙によって、スーダンの下の方(現南スーダン)の独立が認められたのが2011年7月9日

まなぶ君

わりと最近じゃないですか!!

ちなみに、別の地域でも紛争が起きていました。

スーダン西部にあるダルフールでは昔から、アラブ系遊牧民族とアフリカ系農耕民族(ともにイスラム教徒)の間で水や牧草地などを巡る抗争が絶えなかったのです。

2003年には本格的な争いとなり、2006年には死者約30万人、難民・避難民約200万人という人道危機へと発展。2010年には両者停戦に応じるものの、いまだに真の和平に向けての努力が続けられています。

まなぶ君

同じ場所に異なる価値観同士が住んでると、ろくなことにならないですね。。

スーダンのデモのニュースから見る今後は?

(出展:Yahooニュース)

冒頭のお話に戻りますが、今度はスーダンでデモが起きています。

実はスーダンではイギリスの統治下に置かれているときにも、国家として独立するときにもデモが行われていたので、今回が初めてというわけではありません。

ぶったぎり君

それなのに、毎回あまり国家としての体制は変わらないね。

今現在は軍が政権を握っています。一様にしたら失礼かもしれませんが、この辺りの国は同じことを毎回繰り返している感があります。

独裁政権打倒と国民が声を挙げ、軍がそれを後押しし、政権を武力で倒す。しかし、その軍がまた同じように独裁政権になり、また年月が経つと、独裁政権打倒と国民が声を挙げ、また他の武装勢力が政権を武力で倒して政権を取る・・

といった感じです。

まなぶ君

「争いからは何も生まれない」とはよく言ったものです。

しかし、スーダンの人々はアホではありません。

こうした流れを止めるべく「文民主導」を掲げデモをしているのです。

ぶったぎり君

「選挙しろー!」って言ってるわけじゃないんだ?

現政権の軍部はイスラム教系であるため、この状態で選挙をしたとしても結局は、宗教を使って票を集めることが出来てしまう。そうなれば本末転倒ということで、数年、十数年とかけて国のあり方を武力でどうこうするのではなく、日本のように文民でどうこうする方向へ持っていこうとしているわけです。

まなぶ君

「日本はおわった」なんて言っている人もいるけど、政治のあり方として、数十年前の日本にすらまだ追いついていない国々がまだまだあるという事実がわかりました。

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