大政翼賛会とはをわかりやすく解説!目的や年号は?スローガンがヤバイ!

選挙が近くなると何かと「戦争反対!」と、高らかに声をあげる人々や政党がいますが、選挙と戦争に何の関係があるんだろう・・?なんて疑問を感じることもあるはず。

でもこれ結構大事なことで、なんだかんだ言って日本は、戦前から民主主義の国だったので、選挙で選んだ政治家いかんでは戦争になってしまったり、そうならなかったりしていたのです。

で、日本最大のおぞましき歴史である太平洋戦争(第二次世界大戦)も、こうした”民意”で選ばれた政治家によって巻き起こりました。

選挙に勝った当時の政治がつくりだした「大政翼賛会」。

太平洋戦争が起きた理由は様々な事柄が入り混じっているベースがありますが、私はこの大政翼賛会がかなりの元凶だったと思っています。

ぶったぎり君

前フリ長いな。

まなぶ君

早く説明してほしいですよね。

ぶったぎり君

これで説明が微妙だったら他のサイトみようよ!

まなぶ君

そうですね。

管理人
・・。

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大政翼賛会とはをわかりやすく解説!目的や年号は?

(出展:wikipedia)

大政翼賛会を分かりやすく知るには、当時がどんな時代だっかを見るとすんなり入ってきます。

大政翼賛会は1940年にできた公事結社のことです。

公事結社とは慈善事業など、政治に関係のない公共の利益を目的とする結社のことであり政治結社(政治団体とは違います。)

ぶったぎり君

政治関係ないんかい!?

大政翼賛会の年号(歴史的背景)

大政翼賛会ができたのが1940年なので、その少し前から流れを見ていきましょう。

  • 1937年:第一次近衛文麿内閣発足
  • 1938年:日中戦争勃発
  • 同年、「国家総動員法」が施行
  • 1939年:第一次近衛文麿内閣終わる
  • この間、総理大臣がコロコロ代わる
  • 1940年:第二次近衛文麿内閣発足
  • 1940年:大政翼賛会発足

なんかいつか見た風景・・的な感じですが、戦後もコロコロ総理大臣が代わることなんてしょっちゅうでしたよね。

で、こちらどんな時代だったかと言うと、戦争バンザイ!の時代なんです。

それは日本だけでなく世界全体というか地球規模で戦争はやって当たり前、勝った奴が正義の時代でありました。(勝った奴が正義は今も変わらなそうですが。)

上のリストでパット見で分かるのは、近衛文麿登場から確実におかしくなっている点。

彼は元々貴族の出なので、国民人気は最初からありました。そして今のようにネットがない時代なので、「元貴族=ステキ=凄い」というレトリックが働き、日本国民は近衛文麿のヤバさに気づいていなかたのです。

まなぶ君

まぁ戦争に入っていく流れを決定的とした人物ですからヤバイ人ではありますね。

ぶったぎり君

でも現代に生きる僕らとしてはそう思えるけど、当時は戦争イケイケの時代だったわけだから、むしろ「近衛文麿様ステキ!勇敢~!」って思われててもおかしくないよね。

まなぶ君

捉え方次第ですね・・。

大政翼賛会を作った男:近衛文麿総理大臣


(出展:wikipedia)

近衛文麿総理大臣は日中戦争を始めた時の総理であり、そんな日中戦争をもっとイケイケにやるために「国家総動員法」なんて法律も施行します。

国家総動員法とは、国民の財産は国のモノ!だから国民の資産はいつでも国が回収できるといったものです。

まなぶ君

とんでもねー法律ですね。

色々揉めてる政治界隈だったので、一旦ここで近衛文麿内閣は終わります。

このまま終わってくれてればよ良かったんですが、そのあとの内閣が次々と短命に終わり、「やっぱり元貴族の近衛文麿様じゃね!?」という空気になっていったのです。

そして、満を持して「第二次近衛文麿内閣」が発足しました。

時を置かずして、近衛文麿総理は「大政翼賛会」を発足させました。

堂々の復活を果たした近衛文麿総理大臣。

彼は一国のトップとして何をしようとしたかというと、日本を一党独裁にしようとしたのです。

ぶったぎり君

ヤバさに拍車がかかってる!

と、今の時代であれば思うんですが、当時は「一党独裁は悪」ではありません。むしろ、昭和恐慌などで世界的にも不況が続く中、一党独裁のソ連なんかは統制経済と社会主義により、不景気どころがちょっと景気がよかったりしていたわけです。

ということで、「ソ連みたいな国家体制にしたら日本イケるぞ!!」と近衛文麿先生は考えました。

じゃあどうするか・・?

ソ連みたいに政党を一党だけにして、その党が日本のすべてを計画的に統制し動かす!そのためには今ある政党をすべて解党し、政治家並びに日本国民全員が一つの党にまとまることが必要でした!

そのために掲げられたのが「大政翼賛会」!

大政翼賛会のスローガンは「バスに乗り遅れるな!」

そもそも今と価値観が違いますからね。植民地を増やしていくのが正義だった時代でもあるので、一党独裁政治に希望を抱いてもなんら不思議ではありません。

で、国民から圧倒的な人気があった近衛文麿総理大臣は、自身が掲げた「日本の社会主義化」に対するスローガンとして、「バスに乗り遅れるな!」と言ったのです。

国民的には「うぉぉぉぉおおお!!!!!!あの近衛文麿様が言ってんだから、社会主義化で一党独裁すべきだぜー!!」という気運が高まり、あれよあれよという間に、すべての政党は解散し、大政翼賛会の一党になりました。

まなぶ君

日本にそんな時期があったんですね。

そしてできた大政翼賛会の枠組みがこちら・・


(引用:http://heiwa.yomitan.jp/3/2581.html

見事に総理大臣をトップにした一党独裁。一番下には町内会まで入っています。もはや日本国民全員が大政翼賛会に入っている構図です。

大政翼賛会は機能しなかった

(出展:wikipedia)

あの時代、多くの国民も望んだ社会主義国に、日本は結局なれませんでした。。

ソ連ができたのになぜ我々日本ができなかったのか?

それは、日本には「天皇制」があるからです。

そもそも当時の大日本国憲法には「天皇を中心とした・・」という基本方針がありました。

この時点でもう一党独裁政治ができなさそうではあったんですが、近衛文麿的には、そういうの後回しでとりあえず一党に全員が従うようになればいいっしょ!と、いわば見切り発車的にできた側面もあったのです。

ぶったぎり君

とりあえずやってみよう!は、なんかうちの会社っぽくて嫌いじゃないな。

ということで、大政翼賛会ができる前には、すでに「天皇がいるんだから一党独裁政党なんてやめろ!」派と、「一党独裁で社会主義賛成!」派がいたわけです。

冒頭でお話したお通り、なぜ大政翼賛会が公事結社なのかというと、天皇派の人たちに考慮して、政党にしてしまうのと色々うるさく言われるしめんどくさいからそうしたと見られています。

まなぶ君

なんかもうその時代から日本人っぽさみたいなのが、丸出しだったわけですね。

ぶったぎり君

角が立たないようにする風習。僕は好きだけど。

そして、政治も軍も国民も、すべてがグダグダであべこべのまま、最凶の敵アメリカに戦争をしかけることになるのです。

まなぶ君

むしろグダグダだったから、あのような戦争に突入してしまったんですね。

結局、アメリカとの戦争が始まり日本は徐々におされていきます。

となるとやっぱり「今の大政翼賛会じゃ微妙すぎて社会主義っぽくない!もっとなんかこう、まとまった社会主義国!みたいなものにしていかないとヤバイよ!」となり、大政翼賛会を解散させ「国民義勇軍」が結成されました。

まぁそうなると、「は?いまさらそういうの意味わかんねーから。もうこっちはこっちでやるわ。」という人たちも多数現れ、彼らは護国同士会という別組織を結成したのです。

まなぶ君

当時から日本民主主義すぎでしょ。

本物の一党独裁政治なら、そんな人たち”総括”(殺されて)されてますしね・・。

これにて決定的に、日本の社会主義化すなわち独裁政治への道は手が届くことなく散っていったのです。

ぶったぎり君

こうした歴史から察するに、日本は国民がやりたいと思っても独裁政治はつくれないってことだね。

まぁ今の時代、独裁政治の国の中で暮らしていきたいって思う日本人はいないと思うけど。

まなぶ君

そう考えると、「天皇制」という存在は大きいです。

もしかして、あの当時「天皇制」がなかったら、日本の一党独裁は完成していたかもしれませんし。

ぶったぎり君

たしかに大きなストッパーになってくれていたことは間違いないね。人によっては大きなストッパーになりやがってって感じだったろうけど。

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まとめ

太平洋戦争以前の最悪の総理大臣として「近衛文麿」はよく例に出されます。

ただし、当時の国民からしたら近衛文麿は元貴族で頭もキレるかっこいいお方でした。

そして時代背景として、「社会主義で一党独裁政治のほうが国として生き残っていけるんじゃね!?」という国民の気運があったのも事実です。

そんな中、国民から絶大なる人気のあった近衛文麿総理大臣が「やっぱ時代は一党独裁だよね~!」なんて言ったから、日本国民は「たしかにそうだー!」となり、既存の政党はすべて解消され、一党独裁のための「大政翼賛会」ができました

でも「天皇制」がある日本で、一党独裁政党をつくりやっていくには、かなりの無理があり、結局、国民も政治も軍も、てんでバラバラとなり、日本の一党独裁、社会主義構想はおじゃんになったというオチです。

ぶったぎり君

天皇制をなくそうとしている人たちって、日本を一党独裁の社会主義国にしたい人たちってことかね。

まなぶ君

まぁ天皇反対論者の中にも、様々な考えをお持ちの方がいらっしゃるでしょうから、なんとも言えませんが。でも客観的に見るとそう感じてしまうのも事実です。

 

まなぶ君

ただ、あの時代は天皇がトップという形でしたが、戦後に制定された日本国憲法で、天皇は「ただの日本の象徴」となっています。

このあたりの価値観も違うので、もしいま大政翼賛会のようなものができたら、もしかしたら日本も一党独裁政治がガッチリいく可能性もあるますよね。

ぶったぎり君

でも天皇の存在がなくなったわけではないからね。そうなったらもしかしたら「天皇制復活!」論者がたくさん出てくる可能性も高いよ。

「天皇制」と「政治」が分割されて存在している事自体、日本が多様性国家であることを結論づけているのかもしれないね。

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