よど号ハイジャック事件をわかりやすく!死者や犯人メンバーの現在は?

よど号ハイジャック事件とは、1970年3月31日、共産主義者同盟赤軍派によって引き起こされた日本で最初の日本航空便ハイジャック事件のことです。

このハイジャック事件では羽田空港発、福岡空港行きの日本便がハイジャックされました。

ぶったぎり君

僕たちがまだ生まれる前の出来事だけど、テレビとかでも定期的に特集されているよね。

まなぶ君

この平和な日本でそんなことがあったなんて信じられない人も多いでしょう。

ぶったぎり君

今でこそ平和な国としか思えない日本だけど、その頃の次代はまだまだ荒れてたんだよ。

まなぶ君

そうですね。

そもそも共産主義者同盟赤軍派なんていう団体が普通にあったことが穏やかではありません。

ぶったぎり君

今日はそんな彼らがなんでハイジャック事件を起こしたのか?その後彼らは何をしているのか?一緒に見ていこう!

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よど号ハイジャック事件をわかりやすく!

(出展:毎日新聞)

よど号ハイジャック事件とは、1970年3月31日、共産主義者同盟赤軍派によって引き起こされた日本で最初の日本航空便ハイジャック事件

この事件を知る前に、共産主義者同盟赤軍派が何なのかを知っておかないとチンプンカンプンになります。

その頃の日本の背景を簡単に・・
日本では1960年代後半から学生運動が活発になっていました。

学生運動とは反権力を掲げて暴力的な政治活動をすることです。

共産主義者同盟赤軍派は、その活動から派生して生まれた左翼団体のこと。

ということで、彼らはめちゃ暴力的。

彼らは「革命」の名の下、暴力や嫌がらせにより権力に立ち向かう!という人たちの集まりであり、当時の学生たちの流行とも言えます。というのも、当時の学生運動に参加していた多くは「友達に誘われたから」「かっこいい感じに見えたから」だと証言しているためです。

ぶったぎり君

どのみち「暴力」で問題を解決しようとすることは何の問題解決にもならないけどね。

そんな彼ら左翼の特徴は「内ゲバ」。

要するに仲間同士で揉めてしまい殺し合うことです。

共産主義者同盟赤軍派のように「〇〇派」というのがたくさんあることからも察する通り、暴力で革命を起こそうとしていた仲間にも関わらず、仲違いや考えの違いで派閥化します。さらには同じ派閥内でも仲違いが日常茶飯事に起こり、挙句の果てには殺人までしてしまっていたのです。

まなぶ君

仲間だろうがなんだろうが、とりあえず気に入らなくなったら殺してしまうということですね。

ぶったぎり君

せっかく人間には知性が与えられているのに、彼らは「是か否」「善か悪」みたいにどっちかじゃないとダメ!みたいなルールしかなかったんだ。非常にもったいないよ。

そんなこんなの彼らなので、最初は威勢が良くても、仲間は減っていくし恨みも買います。さらには警察もそんな暴力集団を放っておくわけはないので、バッタバッタと逮捕していきました。

そこで彼らが考えたのは、「日本いても捕まるだけだから海外に拠点作るしかねー!」ということで、「北朝鮮への亡命」を掲げ、よど号をハイジャックしたわけです

まなぶ君

「勝手に北朝鮮行って帰化でもしろよ。」と言いたいところですが、なんなんでしょうね。

最終的に、彼らはよど号ハイジャックにも成功し、北朝鮮への亡命にも成功しました。

そして彼らは今なお北朝鮮で生活しているのです。

ポイント
・なぜ北朝鮮への亡命を懇願したのか?

→そもそも共産主義者同盟赤軍派などの左翼は”反米主義”です。当時も北朝鮮は”反米”思想丸出しだったので、敵の敵は味方になってくれる!ということで北朝鮮を選んだのです。

・人質はどうなった?

→当時の運輸政務次官の山村氏が、身代わり人質として搭乗したことで、全ての乗客とスチュワーデスはその時点で解放された。

・「よど号」と呼ばれている理由は?

→その当時、飛行機には愛称がつけられていました。ハイジャックされた飛行機(ボーイング727型機)は淀川からとった「よど号」が愛称でした。

ちなみに、北朝鮮に降り立ち共産主義者同盟赤軍派のメンバーらをおろした次の日、よど号を操縦していた機長の石田氏と、身代わり人質になっていた運輸政務次官の山村氏は無事に日本へ帰ってきました

よど号ハイジャック事件の死者や犯人メンバーの現在は?

よど号ハイジャック事件は日本の最初のハイジャック事件でありながらも、1人も死者を出すことなく終わった事件です。

事件を起こした彼らが北朝鮮へ亡命した以外は。

北朝鮮への亡命に成功した彼ら(ここからは犯人と呼びます)は、亡命先の北朝鮮で手厚い待遇を受けます。北朝鮮としてもわざわざ自分の国に亡命してきてアメリカや日本を叩き潰そうとしている若者たちを見て、悪い気はしなかたでしょう。

ぶったぎり君

利害が一致したんかね。

そして犯人たちは、2019年現在も北朝鮮で暮らしています。

驚くことに2014年にはツイッターを開始し、いまなおつぶやきを継続しているのです。

まなぶ君

普通の人!

ぶったぎり君

何もなかったかのごとく!

参考がてらに犯人グループが運営しているツイッターのURLを載せておきます↓↓

https://twitter.com/yobo_yodo 

お気づきですか?

ツイッターのURLに「yodo yodo」というローマ字が入っています。

全然反省してないんですかね。ノリがまるで若者です。

もしかしたら、いまだに当時のままの若者の心でいるのかもしれません。

まなぶ君

一見落ち着いたおじいさんに見えても、おしゃべりするとガキ丸出しの方っていますよね。

よど号ハイジャック事件メンバーのツイートを閲覧

ということで、いまだ事件の罪を償うことなく北朝鮮でツイッターまでして良いという高待遇で暮らしている犯人たちメンバーですが、彼らはどんなことをつぶやしているのでしょうか。

↑何やら日本の防衛費について避難しています。しかし、おもしろいのはその下にあるコメント。まさに私もこのコメントの方と同じ意見です。

↑でもちゃんと人の心はしっかりと持っているようです。

↑思いきや、まだまだ自己弁護の気持ちが高いのが分かります。

コメント欄の「日本に帰ってきて法のさばきを受けてください」。たしかに同感です。

ハイジャック事件を起こして、もう40年近く経っていますからね。どこかあの事件を他人事のように感じている自分もいりのでは?と思ってしまいます。

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まとめ

簡単にまとめると、1970年当時の日本は学生運動を端にした「革命運動」が若者の間で流行していました。いわゆる左翼団体です。

その中で力をつけていた共産主義者同盟赤軍派のメンバーがよど号ハイジャック事件を起こしました。

事件を起こした理由としては、「海外での活動拠点を作るため」です。

ハイジャックをしたことで、この目的は達成され、犯人たちは今でも北朝鮮で生活しています。

ぶったぎり君

元々は海外に活動拠点を作って、そこからさらに革命のための活動をしていく予定だったのに、結果的には「たた高待遇で北朝鮮に住まわしてもらってます。」ってだけの話だね。

まなぶ君

そもそもの理念がどうでもよくなっているところを見ると、ハイジャック事件そのものが、まさに「若気の至り」でしかなかったことが伺えます。

ぶったぎり君

こういう人たちの目的って色々言葉では掲げてるけど、本質的な部分は「活動自体が目的」になってる感じをすごい受けるんだよね。

まなぶ君

若い頃って意味のないことにはしゃぎ熱くなり、怖いもの知らずだった・・

どの世代も一緒ですね!

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